明治学院大学 文学部芸術学科 芸術メディア系列のゼミです。
週に3回のペースで活動内容などを報告していきます!
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いままでとこれから

 

 こんにちは。<スウィート・チリ>さんの都合により、今回は<チャーリー>が担当します。

3月も中盤に入り、いつのまにか暖かくなってきましたね。今着ている上着が必要なくなった頃には、きっと多くの人は社会人として新生活を送っているのでしょう。最後の学生期間である今がもうしばらく続いてほしい気持ちがある一方で、どこかこれからが楽しみな気持ちもあります。新生活は、きっと期待するほどには上手くいかず、まあまあ大変な日々を送りつつも、そこそこに幸せな日々なのではないかと、なんとなく思っています。

 

 

 私が4月からの生活に対して楽観的でいるのは、「就職をしない」という選択をしたためかもしれません。その代わりに、私はこの春からの1年間、「リゾバ」をすることに決めました。リゾバとは「リゾートバイト」の略で、ホテルや旅館、スキー場などといったリゾート地で住み込みのアルバイトをするというものです。私は1施設当たり23か月を目安に、全国の複数の施設で、仲居などとして接客業務をしようと考えており、最近は仕事先となる宿を探しているところです。

 求人の関係で、実際に宿探しを本格的におこなっているのは最近ですが、昨年8月の夏合宿の後に、新卒就職の辞退を決めました。それまでの約半年間は、私も多くの大学生と同様に新卒一括採用での就職活動を行っていました。ちょうど1年前、就職活動が始まったばかりの頃は、「もし就活先が決まらなかったら」という不安と「私にだって就職できないはずがない」という過信との間で、必死になって都内を走り回っていたことが思い返されます。当時の私にとって「内定」とはまるで「普通の人」であるという証のように感じられ、その証欲しさにムキになっていたのだと、今になって思います。

 

 就職活動開始時は、自分が「成長」できそうで、楽しそうで、格好いい、という浅はかな理由で、広告業界や不動産業界の営業職を志望していましたが、なかなかうまくいきませんでした。その最中の6月頃、ゼミで私が母親と依存状態にあることを指摘されたことをきっかけに、親と物理的な距離を取るために、一人暮らしができる企業を希望するようになりました。しかし、社会人1年目と一人暮らし1年目を同時にスタートさせることはあまり現実的では無かったようで、面接官の方にも「自立したいのは立派だけど、焦らず最初は実家から通ったほうがいい」と止められることがほとんどでした。またこの頃は私がチーフを務めていたプロジェクトAが企画立案と企画倒れを繰り返していた時期でもありました。人の話をそのままの形で理解することや、見通しを立てながら物事を考えることなどといった思考に関する当たり前の習慣が無いことや、いくら気合があってもそれだけではどうにもならないことなどを知りました。他にも様々な面において今の自分の力量というものがみえてきて、現状の自分は社会人として果たすべき責任を全うできる段階には到達できていないのではないか、と思うようになりました。それでも新卒一括採用での就職にこだわっていたので、飲食店でのアルバイト経験をもとに、そのまま飲食サービス関係の企業へと方向転換をしました。「飲食業はブラック」という言葉をよく耳にしていたので、楽しそうでおしゃれな「世界観」や「雰囲気」をつくりあげる空間デザイン業もおこなう「夢のある」企業に飛びつき、なんとか内々定をいただきました。しかしゼミでの勉強をしているなかで、「雰囲気」や「世界観」などといったイメージをつくりあげることに対しての興味関心も薄れ、最終的に手元に残ったのは、「私の将来、本当にこれでいいのかな」という疑問でした。

 

 ゼミ合宿や集中講義が終わってひと段落ついたとき、今までとこれからのことについて考える機会がありました。そしてその時、卒業後に自分がいちばんするべきだと判断したことは、とにかく「親元を離れて、自分の力で生きてみること」でした。そしてそれが実現できそうだと思って選んだのが、先出の「リゾバ」でした。リゾバであれば、働いている以上は住むところがあり、食事が支給されることも多く、生活に困らずに親元を離れて暮らすにはとても条件が良いと考えました。またアルバイトの経験をもとに、サービス業はある程度自分に向いている業種ではないかと考えました。これらのことから、1年間リゾバをするという選択は、自分にとっていちばんよい選択ではないかと思いました。

 とはいえ、「就職しない」という選択が、自分にとって本当に良い選択だといえるかどうかはまだまだ分かりません。それに、自分が自覚的ではなかっただけで、社会人になるのが怖くなって逃げだしたという側面もきっとあるのだと思います。それでも、自分自身で選択したことなので、その選択の妥当性はどうであれ、決めた以上はしっかりやっていこうと思います。

 

 周囲の人に「新卒就職を止めた」と報告すると、笑われたり不思議がられたりと、理解できないというような反応をされることがよくありました。その反応を見て、「就職をしない」という選択は、一般的にみると「普通ではない」のだということを肌で感じます。それこそ1年前の私は、自分が「普通」でないと評価されることに怯えながら、周囲の人と自分を比べて、不安や劣等感のなかに埋もれていました。今までずっとこだわってきたはずの「普通かどうか」という主観的な基準について、その存在を忘れてしまうほどに手放せたことは、ゼミ活動を通して変わったことのひとつです。

 周囲に私の進路を不思議がる人がいる一方で、私の話に耳を傾けてくれて、背中を押してくれる人たちもいました。 たとえば母親は、就職辞退を考えるに至った経緯を説明したところ、特別反対することもなく、意外にも「それがいいんじゃない?」とあっさり承諾してくれました。父親は最初こそ顔をしかめたものの、「でも<チャーリー>が決めたなら、別に反対はしないよ」と言ってくれました。また親しい友人たちのなかには、「きっといい経験になるね」「がんばって」と優しい言葉を掛けてくれる人がいました。

 

 ところが最近になって、母親は「頑張っても出来ないことってあるのよ」「そんなんでこの先ひとりでやっていけるとおもってるなんて、甘いんじゃない?」などの言葉をひんぱんに掛けるようになりました。失敗を前提にされていることに対して腹が立ち、感情的に言い返したくもなりましたが、せっかくの機会だと思い、粘り強く話し合おうと努めてみました。その結果、母親はただ単に「本当につらくなった時には、潰れる前に助けを呼んでほしい」と思っていただけであるということがわかりました。そういう大事なことをそのまま言葉にして伝えてくれさえすれば、誤解が生まれることも口論になることもないのに、とも思いましたが、私が自覚していたよりもずっと母親に愛されていたことに気づけた出来事でした。また、いつもふざけあう仲だった高校時代の友人たちと再会した日の別れ際に、「実は結構<チャーリー>のこと心配してるんだよ」と言われました。

 

 母親や友人たちに心配されていることを知ってから、当の本人が感じているよりも、私の姿は危なっかしく見えているようだとわかりました。このことを通して、どんな選択肢を選ぶかということももちろん重要ですが、それ以上に、選んだ選択肢を進むその人がどのようであるかということがとても重要なのではないかとおもいました。この点からみると、少なくとも今迄の私は、夢見がちで気分屋で、根性論をもとに無茶をしがちだったので、危なっかしく映っているのは当然だと思いました。

 

 

 新しいことを始めたときは、やることなすこと上手に出来ないのは自然なことです。しかし、その「出来ないこと」を「出来ること」へと変えるためには、じっさいに身体が覚えるまで繰り返し練習していくほかありません。そのときには、派手な理想を掲げることも、上手くいかない現状を嘆くことも、気合を入れようとすることも、自分の「がんばり」を周囲の人に認めてもらおうとすることも、きっと必要ありません。これからは、言い訳をしないで、持っている頭と身体を使って、目の前にあることをひとつずつこなしていきたいです。

 

 

今回の記事はここまでとします。ありがとうございました。

 

posted by 長谷川ゼミ | 14:18 | 長谷川ゼミ(2016) | - | - |
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