明治学院大学 文学部芸術学科 芸術メディア系列のゼミです。
週に3回のペースで活動内容などを報告していきます!
2/18-20 ゼミ卒業旅行 in 鹿児島・種子島 3日目(種子島〜鹿児島〜羽田へ)

 こんにちは。ゼミ旅行3日目の週報は〈ワコー〉がお送りします。

 朝7時半に起床すると、外からは眩しい朝日が部屋に差し込んでいました。最終日も晴れてよかった、と安堵する一方で、楽しかった旅行も今日で終わってしまうのかという寂しい気持ちも感じつつ、ホテルで最後の朝食をとりました。
 そして 9時20分、お世話になった大和温泉ホテルに別れを告げ、バスで西之表港へと向かいました。あとは東京に戻るだけです。
 この日は本当に良い天気で、行きに見た海岸やサトウキビ畑が、より一層きれいに見えました。東京とは違ってちがって、大きなビルも建物も 無い種子島の空は、改めてとても高く感じました。
帰りのバスからの風景。広い空と雄大な自然。(撮影者:ワコー)帰りのバスからの風景。広い空と雄大な自然。 (撮影者:ワコー)

 一時間ほどバスに揺られて西之表港に到着し、お土産を買ったり、近くの公園で遊んだりしながらフェリーの出発を待ちました。
 30分ほど待ち、フェリー出発の時間になりました。宇宙センターに温泉、お土産、豊かな自然、そして大きな思い出をくれた種子島に別れを告げて、フェリーは鹿児島本港へ向かって出発しました。大きなモーター音とともにフェリーが動き出し、あっという間に種子島が小さくなっていきました。
 私は、帰りの海の風景をしっかりと目に焼き付けようと意気込んでいたのですが、前日の夜遅くまで宴会をしていたせいか、フェリーに乗り込んですぐに眠りこけてしまっていました。〈ジェット〉に起こされたときにはもう鹿児島本港のすぐ近くまで来てしまっており、少し残念でしたが、最後に見えた硫黄島や竹島や開聞岳、すれ違うフェリーをなんとか写真に収めることができました。
すれ違ったフェリー。今度は彼らが種子島へ向かうのだろうか。(撮影者:ワコー)すれ違うフェリー。今度は彼らが種子島へ向かうのだろうか。 (撮影者:ワコー)

 鹿児島本港からバスに乗って鹿児島中央駅まで移動し、そこからまたバスに乗って鹿児島空港へと移動しました。本来のスケジュールであれば、この日は移動の連続で昼食を取る時間がありませんでしたが、鹿児島中央駅から鹿児島空港へ向かうバスに乗る際に、予定よりも早い便に乗ることができた ため、空港で2時間ほど自由な時間を確保することができました。自由時間を利用して、昼食にとんかつを食べたり、鹿児島土産を見たり、飛行機の写真を撮ったり、空港の外にあった足湯に浸かったりしました。
鹿児島空港にていただいた黒豚のとんかつ。(撮影者:けーたん)鹿児島空港でいただいた黒豚のとんかつ。 (撮影者:けーたん)

 私は家族から「さつま揚げを買ってきて欲しい」と頼まれていたため、空港内にたくさんあったさつま揚げ売り場で試食に試食を重ねて、至高の一品をチョイスし、クール便で実家へと送ってもらいました。どれも美味しくて本当に迷いました。
 〈ジェット〉と二人で空港内をぶらぶらしていると、熊本県のゆるキャラのくまモンに出会いました。たまたま鹿児島に出張に来ていたところだったそうで、記念に一枚。
熊本のキャラクター、くまモン。鹿児島空港に遊びに来ていたらしい。(撮影者:ワコー)熊本のキャラクター、くまモン。鹿児島に遊びに来ていたらしい。 (撮影者:ワコー)
 
 そしていよいよ東京へと帰る時間がやってきました。帰りの飛行機に搭乗し、一時間半ほどかけて、無事羽田へと到着しました。
 私は過去に飛行機に搭乗したことがなく、今回の旅行が初めてのフライトとなりました。この旅行で、九州初上陸、そして鹿児島観光やはやぶさカプセルを見たりと、色々な経験をすることができましたが、飛行機に乗れたことというのも私にとって大きな経験になりました。
 バスやフェリーの中で十分眠ったため、飛行機の中ではしっかりと起きていられ、一時間半ずっと雲の上からの景色を眺めていました。他のゼミ生たちは、飛行機に興奮する私を見て笑っていましたが、私にとって初めての空の旅は興奮せずにはいられないものでした。

 風景を眺めているうちに気付けば羽田空港へと到着していました。空港では最後にゼミ長〈しおりん〉から締めの言葉をいただいて、解散となりました。
 長谷川ゼミ全員で行う最後の行事となった今回の旅行でしたが、誰も怪我も病気もすることなく、鹿児島観光や宇宙センターの見学ツアー、美味しい食事、宴会、そして移動でさえも、本当に楽しかったと思える3日間を過ごすことができました 。こうして楽しい旅にできたのも、旅行係として中心となって企画に携わってくれた〈けーたん〉と〈松〉、そして長谷川先生、ゼミ生全員がいたからこそだと思います。心から全員に感謝したいです。

 今回の週報で、昨年5月から始まった今年度長谷川ゼミの週報の更新も最後となります。今まで約一年間繰り返してきた、下書きを提出し、全員で文章を校閲し、最終稿を提出し、最終校閲をし、アップロードするという一連の作業も、これが最後です。
 担当者は週ごとに一人でしたが、その内容にはしっかりと全員分の手が加わっており、どれも中身の濃いものであったように感じます。
 週報を書くことで、文章を書く力はもちろん、卒論執筆において不可欠である「視野を広く持つ」という力も養ってきました。とは言ってもまだまだ未熟者である私たちですが、この週報が終わっても、様々な場面で文章を書き、その力を養い続けていきたいと思っています。
 私はWeb編集長として一年間週報の管理をしてきました。私は最初の週報で、発信することの責任というものを常に心がけたいということを書きましたが、校閲を繰り返す中で、誤字や脱字から、違和感のある文章構成や言い回し、ふさわしくない文章の使用などに対して、多様な修正を行なってきました。最初は見落としがあるままアップロードしてしまい、アップロードしたあとに気づいて慌てて直す、ということも少なくありませんでしたが、その度に最初に言った責任感というものを見つめ直し、校閲の重要性を改めて考えることになりました。一年間様々な情報を発信するということをしてきましたが、そうしたミスも繰り返しながらも、発信する情報の質を高めてゆけたのではないかと思います。

 今回で、私たち2011年度生の更新は終わりますが、来年以降も新しい長谷川ゼミ生たちの活動の記録は積み重なってゆきます。どうか末永く見守って頂けたらと思います。
 それでは。

posted by 長谷川ゼミ | 13:00 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
2/18-20 ゼミ卒業旅行 in 鹿児島・種子島 2日目(鹿児島〜種子島)

 ゼミ卒業旅行2日目の週報は<松>がお送りします。
 2日目は鹿児島から種子島へ移動し、種子島の南、南種子町にある宇宙センターへ向かいました。
今回は、<けーたん>とともに卒業旅行の幹事を担当しました。<けーたん>はゼミ生の中でも特に旅行の経験が多く、慣れていたこともあって、旅行会社への手配も早く計画はスムーズに始まりました。先日<島>が書いてくれた通り、鹿児島では色々なバスを乗り換え移動したのですが、そういった時刻表の計算を工夫したり、夕飯の場所を考えたりと非常に楽しく旅行の計画を立てることが出来ました。
 今回の旅行は、この宇宙センターを旅行の目的地としていました。幹事として自分たちが立てた計画が上手くいくかどきどきしながら過ごした2日目の報告をしたいと思います。

 2日目は、ホテルを出た後すぐにタクシーで鹿児島港へ向かいました。ここから高速船で1時間半、種子島の西之表港に向かいます。私は船に乗るのが久しぶりで、酔わないか不安だったのですが、ウォータージェットシステムのおかげで、揺れをほとんど感じず、全く酔うことはありませんでした。ウォータージェットシステムとは船内の案内板によると、船そのものの浮力ではなく、速度が上がることで高速船が浮上し、翼の力だけで、船が進むようになっているシステムとの事でした。ゼミ生たちは、快適な乗り心地と前日の寝不足が重なりほとんどが眠っていました。
 
撮影<松>高速船トッピー 色はこのほかにも黄色、赤、青などがあります。

 初めて体験する高速船のシステムに感心している間に、船は種子島の北、西之表市にある西之表港に到着しました。ここからすぐにバスに乗り換えて宇宙センターに向かいます。
 前述したとおり、宇宙センターは種子島の南端、対して私たちが降り立った西之表港は、島の北端になります。港にあった看板の宇宙センターまでの距離は51km。バスは島の西側を海沿いに1時間半かけて種子島を縦断しました。車窓から見える種子島の美しい海に感嘆したり、淡々と停留所の名前をアナウンスする種子島を往復するバスの運転手さんの一日を想像したりして過ごしつつ、バスは宇宙センターに到着しました。

 宇宙センターではまず初めにちょうど期間限定で開催されていたはやぶさカプセルの展示ツアーに行きました。
 恥ずかしながらここに来るまではやぶさというものがどのような事をしたのか全く分からなかったのですが、展示ツアーの解説を見て、はやぶさが初めて、小惑星の鉱物を地球に持ち帰った探査機だということが分かりました。はやぶさの探査機本体は大気圏の中で燃えてしまい、地球に帰ることはできなかったのですが、その中にあった小惑星の鉱物を入れたカプセルは無事にオーストラリアの砂漠に降りてきたということです。展示にははやぶさに使われている素材やエンジン、小惑星に出発してから地球に帰還するまでの軌跡が解説されていました。私の印象に残ったのは大気圏の中で燃えるはやぶさの写真で、まるで花火のようにきらきらと光りながら消えていくはやぶさが綺麗だなと思いました。
 次にバス停に隣接している宇宙科学技術館に行きました。ここではロケットや衛星の種類、その技術のしくみを模型や画像、簡単なゲームなどを使った展示がされていました。衛星が回るしくみなどは中学時代、物理の授業で学んだことを思い出しました。また30年前との地球の衛星写真との比較を見て、砂漠が広がっているのに不安を感じることもありましたが、はやぶさのように宇宙や他の星を探査するための技術だけではなく、宇宙から地球が今どうなっているのかを知るという技術ももちろんあるのだということも感じました。
 その後は、宇宙センター施設見学ツアーに参加しました。ここでは宇宙センター内にある各施設を、シャトルバスを使って回りました。小型ロケット発射場やそこで発射されたロケットの機体などを見たあと、発射中止になった大型ロケットが保管されている大崎第一事務所を見学しました。全長が50mを超える大型ロケットは人工衛星の入る部分である上部とエンジン部分である下部に分かれていました。上部にもエンジンが入っていて、ロケットの殆どの部分が宇宙へ行くための人工衛星を運ぶためのエンジンだということに驚きました。バスには添乗員のお姉さんがいたのですが、どの施設でも丁寧に分かりやすく解説してくださり、理系の知識が全くといっていいほどない私でも理解できました。
この後のツアーは最後の総合司令塔までは、バスの下車が禁止で車内からの見学のみでした。中型ロケット発射場を通り、現在も使われている大型ロケット発射場の見学に行きました。バスの移動中も添乗員のお姉さんが、種子島の約2パーセントを占め、東京ドーム7,8個分の面積を持つ宇宙センターだが、それでもヨーロッパには種子島1個分の面積がある宇宙センターがあり海外には殆ど及ばない小さな敷地面積だということ、しかし海が近く木々も多いことから世界で最も美しいと言われる宇宙センターだということを説明してくれました。こうしてバスは大型ロケット発射場に到着しました。私が宇宙センター施設見学ツアーで最も印象に残ったのがこの大型ロケット発射場です。
 
撮影<松>奥に見えるのが発射台。横の赤と白の鉄柱は実は避雷針になっています。

 ここでは先ほど見学した大型ロケットの最新版を実際に打ち上げています。ロケットは組み立て場から発射台まで完成した状態まで直接運ばれます。組み立て場の高さは80m以上あり、今まで見た施設の中でも圧倒的な存在感がありました。
またそこからの移動方法にも驚きました。ドーリーという車輪が50個以上付いた台車を使い時速2kmで30分かけてまっすぐ発射場まで移動します。実際にその光景を見たらすごくいらいらしそうだなと思いましたが、やはり80mに及ぶ高さの大型ロケットを運ぶのにはそれくらいの慎重さが必要なんだなぁと感心しました。

ツアーの後は、宇宙科学技術館の近くにある竹崎海岸に行きました。17時過ぎだったこともあり雲の隙間から海に夕日にちょうど差し込むのが見えてとてもきれいでした。正直、船からバスの乗り替え時間がハードだったことや宇宙センターツアーの詳細が実際に来るまで分からなかったことなど旅行係としての計画した責任と不安もあったのですが、ゼミ生や先生が楽しそうなのを見てプランが上手くいってよかったと思いました。
 

撮影<松> 竹崎海岸の綺麗な海。砂場の文字は<きーにゃん>が書いてくれました。

 帰りはタクシーで大和温泉ホテルまで移動し、まずは夕食を楽しみました。夕食は豚鍋や安納いもの天ぷら、刺身などの会席料理をいただきました。とくに前日にも食べた豚料理にはまたもテンションが上がりました。最後にデザートに頂いたたんかんもさっぱりしておいしかったです。
 その後は、隣接してある温泉センターでゆっくり温泉につかりました。ここは単独の温泉施設であり、ホテルに泊まる場合はロビーの入浴券を温泉センターの受付に渡すことで、無料で使うことが出来るというものでした。地元の人もここを使うのだろうか、受付のおじさんの慣れた挨拶と方言を聞きながらそんなことを考えました。
 就寝前は昨日の飲み会の残りのお酒と新しく買った安納いもチップスを肴に2日目の飲み会を開催しました。就職のこと、来年からのゼミや先輩たちの今後の計画などやはり話はまだ先が不安な将来のことになりましたが、このゼミや大学で学んできたことを糧に頑張っていこうと改めて感じた一夜でした。
 こうして色々なことに関心と驚き、そして最後にちょっと切ない気分になった二日目は終了しました。

posted by 長谷川ゼミ | 23:55 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
2/18-20 ゼミ卒業旅行 in 鹿児島・種子島 1日目(羽田〜鹿児島)
  こんにちは、お久しぶりです。今回の週報では、2月18日から20日にかけて行ってきた私たち2011年度長谷川ゼミ 鹿児島・種子島卒業旅行の様子を、3日間に分けてお届けしたいと思います。
 鹿児島県内を中心とした1日目は、<島>が担当します。

 朝、集合場所である羽田空港第一ターミナルに着くとそこには先生と<けーたん>の姿が。続々とゼミ生が集まってくるなか、<けーたん>から手渡されたのは手作りのしおりでした。
 
 <けーたん>手作りしおり。ひとりひとり違うデザインで用意してくれました。凝ってます。

 今回の旅行は、<けーたん><松>が旅行係として中心となって計画を立ててくれました。もちろんどこに行きたいか、なにをしたいのか、という現地での行動についてはゼミ生みんなで話をしてまとめていたのですが、それらをもとに移動手段やホテルなどの手配、スケジュールなど細かな調整を主にしてくれました。

 全員集まったところでチェックインし、各々飛行機の中で食べるものやこれから乗る飛行機の姿をカメラに収めたりして搭乗までの時間を過ごしました。<しおりん><ワコー><松>は初めての飛行機搭乗に非常にわくわくしていて、その様子を見ながら私もわくわくしつつ、ふと普段私はどんなふるまいで飛行機に乗っていただろうかと考えたりしていました。結果、離陸直後は少しはしゃぎましたがしばらくすると睡魔に負け、鹿児島に到着するまでほとんど寝てすごしていました。10月に私は所用で飛行機に乗りましたが、そのときとまったく同じことをしているということに起きたときに気付きました。

 約2時間で到着した鹿児島は東京と温度の数値的にはほぼ差はなく、どちらかというと上着が手放せないくらいに寒かったです。天気は雲が多いながらも青々としていて、気持ちの良い気候でした。空港からはバスで鹿児島中央駅に移動した後、荷物を一時コインロッカーに預け、身軽になったところで、シティビューという鹿児島市内の主要観光スポットを巡っているバスを利用して仙巌園に行きました。シティビューに乗っている間は観光スポット各所のアナウンスがバス内に流れており、ひとつの市の中にたくさんの歴史ある観光スポットがあるということに驚きました。

 目的地である仙巌園は、江戸時代初期に島津光久によって築庭された庭園です。見渡す限りに緑が溢れ、どこへ訪れてもカメラのファインダーを覗いている人が多いのが印象的でした。そして例に漏れず私自身も目にするもの目にするものをとにかくデジカメに収めており、「今自分が撮っているものは一体なんだろうか」ということを考えるきっかけとなりました。ファインダーを通したものは今現在私たちが見えているものであるけれども、幾百か昔のこの地は人々にどう見えていたのだろう、となんだかタイムスリップのような不思議なものを感じる瞬間でした。
 
 <しおりん>の「あ、噴火した」という声に振り返って見ると、静かに煙をあげていた桜島の姿が。

 仙巌園は桜島の全体が良く見れると言われる場所です。そこから見た桜島は非常に存在感があり、偶然見ることのできた噴火の様子も実に雄大な印象を受けました。
 園内にある、見学目的地のひとつでもあった、日本で唯一猫を祀っているという猫神神社にお参りもし、早くも私はお土産を抱えた状態で、次の目的地に向かいました。

 バスに乗って移動した先は繁華街である天文館。氷菓子・白熊の本家である「天文館むじゃき」で本場の白熊を堪能してきました。白熊は細かくふんわりと削られたかき氷に練乳をかけ、フルーツや豆類をふんだんに飾ったものです。レギュラーサイズ、ベビーサイズが各種類選べるようになっているなか、一際トッピングが多く名前からしてボリュームのありそうな「スペシャル白熊」を、私は<きーにゃん>と一緒に食べるということで注文しました。
 
 「天文館むじゃき」で食べた白熊。遠近感ではなく、バナナが一本丸々飾られるほどに大きいです。
 左:先生が注文したベビーサイズ白熊
 右:<島>と<きーにゃん>で注文したスペシャル白熊

 普段はコンビニで売っているカップの白熊しか食べたことがなかったのですが、まさか鹿児島にその本家があり、またこんなに大きなサイズのものを食べることができるなんて思ってもいなかったので、思わず子どものようにはしゃいでしまいました。無事完食しましたが、お店を出たあとはみんなで「さむいっ!」の大合唱でした。
 電車まで少し時間があったので、各自自由に天文館の商店街を見て回りつつ、路面電車に乗って鹿児島中央駅に戻り、駅近くの居酒屋で夕ご飯です。鹿児島に行くということで、鹿児島名物をめいっぱい堪能しようと、スケジュールを組む際にゼミ生で挙げた候補の中から選ばれた居酒屋です。黒豚を中心にいろいろな鹿児島名物がテーブルの上を埋め尽くしました。私は特に黒豚のとんかつを楽しみにしていて、実際運ばれてきたときの綺麗な衣のつきかたと食べたときのなんともいえないジューシーな食感に心震えておりました。また、はじめ枝豆のようなおつまみだと思っていた「がじゃ豆」という黒糖がまぶしてあるピーナツがとてもおいしく、以降お土産屋などで見つけるたびにはしゃいでしまうほどゼミ生の心を奪う代物でした。

 2時間ほど料理やお酒、会話を存分に楽しみ、タクシーでホテルに向かいました。それぞれの部屋に荷物を置いてから買出しをし、それぞれラフな格好になってから二次会の始まりです。買出ししたもののなかに先ほどのがじゃ豆のようなものがあったり、鹿児島の焼酎なども含まれていて、みんながっちり鹿児島に胃袋をつかまれたんだなとなごやかな気持ちになりました。
 一日のうちに飛行機に長距離のバスに路面電車と、移動にも時間をかけ疲れていたのか、初日を振り返りつつ布団に潜る人も増えていき、早めの就寝となりました。
 明日はチェックアウトを済ましてから種子島へ向かいます。<けーたん>作のしおりを見てスケジュールを確認し、明日はどんなものが見れるのかとわくわくしつつ、たっぷり休んで2日目に突入です。
posted by 長谷川ゼミ | 23:56 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
口頭試問終了!
 新年の挨拶をしていた先日から、気づけばすでに1月も終わる目前となりました。第36回の週報は<ジェット>がお送りします。


 以前の週報でもお知らせしていましたが、ついに私たち長谷川ゼミは1月24日(火)に卒業論文の口頭試問を迎えました。
 それにあたり、前日と当日の発表前にゼミ生全員で学校に集まり、発表原稿の読み合わせを行い、各自の原稿を見直したうえで口頭試問に臨みました。当日の直前の読み合わせは口頭試問の3時間ほど前に食堂で行ったのですが、いよいよ卒論の締めくくりとあって、私も含めゼミ生全員が緊張していたように思いましたが、先生や来て下さる方に向けて自分の卒論に込めた全てをぶつけてやる、という気合も感じました。
 先週の週報で<きーにゃん>も触れていましたが、耳にする文章は書かれた文章と感覚が異なっています。例えば自身の卒論の中で使用している用語も、卒論本文においては注釈を付けて説明することができますが、口頭試問ではそういった説明も含めて口頭で全て伝えなければならないため、原稿の作成を通して口頭で発表することの難しさを感じました。
 一方で、口頭で内容を伝えられるということは、自分自身が内容をしっかりと理解していることの証明にもなります。そのため、口頭試問前日の読み合わせのあと、家で原稿を修正する際には、一文一文を読み上げながら不自然な点や意味が伝わりづらい点が無いように注意して原稿を作成しました。
 
 口頭試問には次期ゼミ生やゼミの先輩方など、たくさんの方が来てくださり、私たちの発表を見学してくださいました。昨年と比べて新ゼミ生の人数が多く、また先輩方も何人か来て下さったため教室の密度が高く、賑やかですがとても迫力がありました。
 口頭試問は、与えられた時間の中で自分の卒論の内容をまとめ、卒論で取り組んだこと、執筆を通して分かったこと、残された課題や不足点を、その場にいる全ての人に対して発表する場です。そのためには、自分の論文を読んだことがない人にも内容が伝わるように発表を行わなければいけません。
 私の場合は論文の中でウーマンリブ※1や純潔教育※2という事柄についても触れましたが、論文を書いた私や事前に読んで下さっていた先生は分かっても、その他の方にとっては耳慣れない事柄かもしれません。そういった点に注意して、発表の際には扱う単語一つ一つに気を配って、説明するよう心がけました。

 口頭試問は<松>、<ジェット>、<初代ゼミ長>、<しおりん>、<島>、<ワコー>、<けーたん>、<きーにゃん>の順番で発表を行いました。私は2番手で、年明けすぐの週報でもお伝えした通り、「TVドラマ『おれは男だ!』にみる「青春」イメージ」というタイトルの自身の卒論についての発表を行いました。
 直前までゼミ生と原稿の確認や読み合わせを行っていたのにもかかわらず、発表の際には緊張し手が震えていました。また先生や他のゼミ生、そして先輩方や後輩たちなど、自分の発表を見てくれている人に対して発表している自身の論文の内容がちゃんと伝わっているのかなどの不安もよぎりましたが、用意した原稿を信じて必死の思いで発表しました。
 発表後は先生から論文に対する講評をいただきました。講評では卒論に対する評価と、執筆するにあたって見えてきた自分の強みや弱みについてのお話もいただきました。それらはゼミという場だけでなく、今後何かについて考え、さまざまな行動を起こすうえでも大切なものです。私は、ともすれば思慮に欠けた行動をとってしまうこと、そして自分の力量を勘違いしてしまうことが多くありました。それが論文の執筆にも表れ、残り時間も少なくなってきたのにも関わらず不必要なリスト作りをしてしまうという行動などに繋がっていました。
 こういった点に私自身が気づくことは難しく、気づいたとしても目を背けてしまいがちでした。そのような、物事に取り組むうえで改善し注意すべき点を指摘していただけることは、本当に恵まれたことだと感じます。
 自分の順番以外のときには、他のゼミ生の発表を聞いていましたが、この一年何度も話し合いを繰り返して、それぞれが自身のテーマに対して懸命に向き合ってきた姿を近くで見てきただけに、自分が発表しているわけではないのに緊張したり、講評で高い評価をいただいたと聞いて嬉しく思ったりしていました。
 全員の発表後には先生から全体の講評と、合否の発表を聞きました。めでたく今年度のゼミ生は、院生の<初代ゼミ長>も含めて8人全員揃って合格することができました。全体講評で先生から一年間楽しかったという言葉をいただいた時は本当に嬉しかったです。



 口頭試問の後には、見学に来てくださった先輩方や後輩たちを含めて、コンパを行いました。コンパの途中から駆け付けてくださった先輩方もおり、初代の2009年度長谷川ゼミ生から来年度にスタートする2012年度長谷川ゼミ生まで30人以上が一堂に介するにぎやかな場となりました。
 コンパでは学年を越えていろいろな方と、ゼミに関連することや今後の進路のことなど他愛ない話をし、また先輩から社会人として働いていくことの難しさや楽しさと、そこでゼミで過ごした1年間がどう役立ったか、後輩からはこれからどんなテーマで論文を書きたいかなどさまざまな話を聞くことができました。口頭試問を終えて緊張がほぐれたこともあって、他のゼミ生は互いに現ゼミ生同士でこれまでの取り組みを振り返っていたり、先生や先輩方、後輩たちと話をしたりと、とても楽しそうに過ごしていました。
 このように同学年のゼミ生だけでなく、何代にもまたがって先輩後輩とコンパが行えることも、長谷川ゼミの大きな財産だと感じています。
 
 思い返すとこれまでも、私たちが行った飲み会には多くの卒業された先輩方が来てくださいました。先輩方は私の卒論について質問してくださったり、その時々に考えていたことなどを聞いてくださったりしました。そのことは私たちが卒論を執筆する際の大きな助けになっています。
 頭の中で色々なことを考えていても、それを頭の中で考えたままにするのではなく、口にして意見をいただくことで、自分自身も考えていたことを理解し直すきっかけになり、至らない点が明瞭になっていきます。
 昨年の夏のコンパの二次会で、先輩から「今どんなことを卒論で書こうと考えているのか」と質問をいただいた際に、自身が触れてきた小説やTVドラマの中の物語を理想として持っていて、それが頭の片隅にあること、そのため卒論ではその中の一つの小説を取り上げて書こうと思っているということを話しました。そこで頭の中にあったことを表に出したことで、より自分の向き合いたいテーマを自分ではっきり認識することができ、同時にその小説ひとつを対象にしただけでは都合よく自分の理想像の理由をその作品の中に求めているだけという、考えが甘い点を指摘していただくこともできました。

 その時はまだ「青春」というものを取り上げようとはっきり定まっていた訳ではありませんでしたが、「青春」というテーマで書こうと決めることができたのは自分だけの力ではなく、忙しい中時間を割いて発表や飲み会に来てくださり、話を聞いてくださった先輩方や、ゼミの場や話し合いで意見をぶつけ合ってきた先生と他のゼミ生の力がありました。
 しかし、そのように多くの人に支えられていたことに気付かず、コンパや口頭試問など色々な機会で声をかけてくれたことの意味や、それらの機会で自分がいただいてきたものを今に至るまで深く考えようとしていませんでした。このことは卒論の執筆に当たってこれまでの週報で他のゼミ生が感じたように、目先の作業や自身のことばかりに気を取られて全体を見渡す視野が欠けていたことにもつながると思います。卒論への取り組みだけでなく、ゼミを通して行ってきた取り組みに対しても視野が狭まり、私たちを支えてきてくれた人に対する感謝や思慮が欠けたまま現在に至ったことは、本当に反省しなければいけない点です。
 来年度のゼミ生は私たちの代よりも人数が多く、当然のことながら私たちの代とは違ったゼミになります。卒業した後は私たちも先輩と呼ばれるようになりますが、新しいゼミ生が自分のテーマを見つけ、向き合うことの力になれるよう、OBOGになる自覚を持って行動していかなければなりません。そのためにも、これまでの1年を通してゼミで得られた経験をもとに、視野を広く持って周りの人の行動の意味や意図を考えていきます。


 口頭試問は終わりましたが、今後もゼミのHP上での活動や卒業旅行が控えています。HPではゼミで行った1年間の取り組みを振り返り、ここまでやってきたことを改めて捉え直すために、Worksで卒論執筆の取り組みを記したカレンダーと、ゼミ生一人ひとりがそれに合わせて書いた振り返りレポートを2月中に掲載する予定です。卒業旅行については、行き先は鹿児島と種子島に決まっており、これから卒業旅行の詳細について話し合いを行っていきます。
 振り返りレポートでは、ゼミが始まってからの約1年をいくつかに分け、ゼミでの取り組みを通してどのようなことを考え、どのように執筆に取り組んできたかを各自が振り返ります。それはここまでの自分の歩みを確認することであり、どんな時にどんなことを考えてきたのか、どうやって問題に立ち向かってきたのかを追っていくことになり、単なる過去の振り返りではなく、これから行う様々なことに対して有益な経験を取りこぼさずに自分の血肉にする大切な作業です。
 また卒業旅行は、1年間のゼミの締めくくりであり、先生やゼミ生とこれまで行ってきたように自身のことについて話し、同時に話を聞くことができるゼミでの最後の場となるため、濃密で充実した時間を過ごし、楽しい思い出を作れるように計画づくりを行っていきたいと思います。そのためにもまずは、旅先の鹿児島や種子島について調べ、生きたい場所や食べたいものをどんどん提案していきたいです。


 この週報も第36回を迎えましたが、毎週更新する週報は2011年度長谷川ゼミではこれで最後となります。
 これまでの35回では、<しおりん>、<けーたん>、<きーにゃん>、<島>、<松>、<ジェット>、<ワコー>がこの週報という場を通してゼミの活動や自身の活動をお伝えしてきました。
 5月にゼミがスタートし、1回目の中間発表、6月からは『アトラクションの日常』講読と発表が始まり、7月にはフィールドワークへ赴き、8月では3年生の夏期集中講義のお手伝いと夏合宿を行いました。9月の夏休みを挟んでからは、10月に各自の夏休みの過ごし方を話し合って論文執筆が本格化し、11月には1回目の中間発表がありました。そして12月には執筆が大詰めに入り、年内最後の、そして卒論提出前最後のゼミを終えて、ついに1月に論文提出と口頭試問を行って、今を迎えています。
 またここで挙げた取り組みはあくまで行ってきたイベントであり、毎週のゼミや、時には毎日のように行っていた話し合いも含めると、卒論の執筆や、ゼミでの取り組みを通して本当に濃密な1年間を過ごしてきたと実感します。この週報では、その時々の状況や各自の心境、今後やるべきことをお伝えしてきました。
 毎週週報ではその週の担当者が下書きを提出し、それに対して他のゼミ生が校閲を加えた上でHPに掲載しています。その取り組みによって、担当者だけでなくゼミ生全員で毎週の活動を振り返り、確認し合うことができました。週報の校閲は卒論の推敲の練習というテクニカルな面もありますが、それだけでなくゼミ生とゼミ生全体の足取りを毎週確認し、次のステップへ進むという意味でも本当に有意義なものとなりました。
 先ほどお伝えしたWorksの振り返りレポートでは、私だけでなくゼミ生全員がそれぞれのゼミで過ごした1年間をお伝えしますので、是非ご覧ください。


 また、週報の更新は一度時間が空きますが、その間も引き続きTwitterで様々なつぶやきを行っていきます。現在はつぶやきの新しいお題を各自がつぶやきで考案している最中ですので、こちらもよろしくお願い致します。
https://twitter.com/hajime_semi




 次回の週報では2月18日(土)〜20日(月)の2泊3日の卒業旅行の模様を、1日目<島>、2日目<松>、3日目<ワコー>が担当しお送りします。それでは。







※1ウーマンリブ:ウーマンリブ(英 Women’s Liberation):1960年代末から1970年代初頭にかけてアメリカ合衆国や欧州、日本などで起きた女性解放運動。
※2純潔教育:性に関連する事柄についての教育。純潔であることを尊重し、若者の自由な性行動や婚前交渉は避けることが望ましいとするものもある。

posted by 長谷川ゼミ | 22:06 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
口頭試問に向けて
  ついに東京でも初雪が観測されましたね。わたしは東京同様にあまり積雪のない土地で育ったので、雪が降っているときは街の音が静かになって幻想的に感じられるのが好きです。第35回週報は〈きーにゃん〉がお送りします。


 先日からお伝えしてきたように、ゼミでの卒論に関する取り組みは1月24日(火)に行なわれる口頭試問にて最後となります。口頭試問では1人15分の持ち時間で、各自が執筆した卒論について5~7分間の発表を行い、それを受けて先生から講評をいただきます。口頭試問にはゼミ生が全員同席する他、毎年この時期に決定する来年度のゼミ生たちが同席する予定です。他に歴代のゼミ生も見学に来るとの連絡を頂いており、たくさんのギャラリーの前での発表となります。

 今週は口頭試問直前ということで、各自が準備に時間を費やしました。まずは、発表時間に合わせて、自分の卒論を読んだことがない人にも内容が伝わるように、概要を発表原稿にまとめなければなりません。そこで、提出後の気持ちの高まりが落ち着き、少し冷静になってから改めて自分の卒論を見直してきました。
 提出してからそんなに時間が経過したわけではありませんが、あれもこれもこうすればよかったのに、とか、あれはこうだったのだろうか、など日に日に考えが交錯しています。卒論を見直してみると、書いているときには冷静に取り組んでいるつもりでも、とにかく必死だったのだなと感じます。それは特に、念を入れて何度も推敲をしたにも関わらず、誤字脱字や不自然な言い回しなどのケアレスミスが残っている点などに、顕著にあらわれていると思います。しかし、わたし自身このように振り返ってみて、不足点や改善点、疑問点など今後の取り組みに活かすべき点をたくさん見出せたことは、取り組む前の自分の力量を知らない状態から一歩前進したことだと改めて感じています。

 提出を終えてから今日までの約2週間の間はこうして卒論を振り返って整理してきました。その上で、概要をまとめて発表時間に合わせて原稿に起こしました。自分が5~7分間に話す言葉の目安を計ってみると2000~3000字程度になり、時間に合わせて執筆した原稿を読みながら修正を加えました。そして、本日1月23日(月)にゼミ生が各自準備してきた原稿を持ち寄って学校で予行演習を行いました。時間を計りながら原稿の読み合わせを行い、聞いていて分かりにくい点など改善すべき箇所を互いに指摘し、加筆や修正を行ないました。書かれた文章と、耳にする文章では内容の伝わり方が異なり、言葉の選び方や文章の組み立て方によって聞き手が感じる印象が大きく変わるのだと分かりました。口頭試問に備えて念には念を入れるべきとの意見が多く、明日も早めに学校へ集合して最終確認を行なうことになりました。

 今週は他に卒業旅行の予定の詳細を決定し、口頭試問後の飲み会の開催のための準備などを行ないました。特に、口頭試問後の飲み会は毎年先代のゼミ生から次期ゼミ生までが参加する一大イベントとなっています。わたしたちにとっては「卒論おつかれさま」飲み会であり、次期ゼミ生にとってはゼミ活動スタートの第一歩であるなど、まさに終わりと始まりが表裏一体となって連鎖する現場となります。今回は飲み会係の〈ジェット〉と〈ワコー〉がお店の下見も行い、スムーズな開催に向けて準備しました。

 ゼミ生が一丸となって執筆してきた卒論。準備を本番に反映し、これまでの取り組みの集大成を明日の口頭試問で余すところなく発揮していきます!そして口頭試問後の飲み会を気持ちよく迎えたいと思います!


 わたし自身の卒論についてですが、他のゼミ生と同様に1月5日(木)に無事提出を終えました。「クラブカルチャーとはなにか――音楽・ダンス・テクノロジー」という題名で、22万字近く執筆しました。
 この卒論ではまず、クラブカルチャー(※1)に至るまでの大衆音楽や技術の発展、それが受容される社会の変遷に着目して6つの年代に分けて歴史をまとめました。そして、クラブカルチャーが展開される場であるダンスフロアやパーティー(※2)を構成する要素の説明や経緯に触れ、クラブミュージックについてジャンルごとにその発展を追いました。最後に、パーティーの描写が登場する『アディクトの優劣感』(※3)という小説を取り上げてパーティーの諸相に迫り、全体を考察しました。

 わたしはひとりの愛好者として関わってきたクラブカルチャーを捉え直し、卒論としてこれまでの経験を形にしたいという思いで長谷川ゼミに入りました。
 自分なりに理解しようとして積極的にクラブカルチャーに関わってきたこともあり、当初は「クラブカルチャーのことならいろいろ知っている」と自負していました。しかし、ゼミでいろいろな取り組みに励むうちに、クラブカルチャーについてわたしが知っているのはほんの一部でしかないのだということを知りました。これまでの自分がいかに近視眼的な世界しか見ていなかったのかということを思い知った2年間だったと思います。以下でそのようなことを感じた経緯に着目して2年間の取り組みを振り返ります。

 1年目はクラブカルチャーについて全12回の連載を企画し、ゼミのホームページに掲載しました(※4)。この連載は、クラブ(※5)やパーティー、DJ(※6)はどのようなもので、クラブミュージックとはどういう音楽なのか、という基礎的なことを扱ったものでした。連載を通してクラブカルチャーを別の角度からより深く考えていくことを目標としていましたが、より深く考えていくどころか自分の知識や理解がいかに不足し偏っているのかを知る結果になりました。また、別の角度から捉え直せればという目標は曖昧かつ難易度が高い取り組みであるということが分かり、クラブカルチャーについて自分の経験や持っている知識を整理してまとめるという作業が予想以上に大変なことであるのだと知りました。
 1年目は他にデジタルストーリーテリング(※7)の制作を通して自分とクラブカルチャーの関わりを見つめ直しました(※8)。そこでは、幼少から身を置いてきたクラシック音楽を体系の基盤とする環境にいたわたしが何を感じ、そこからなぜクラブカルチャーに没頭するようになったのかを追い、クラシック音楽という存在が自分のものの見方においてひとつの基準として機能していたことについて扱いました。わたしはクラブやクラブミュージックを「自由」なものだと疑いもなく考えていましたが、それは嫌悪感から無意識にわたしの中に定着していた、クラシック音楽を「自由ではない」とする見方が基準となっていたからです。わたしがクラブカルチャーをそのように考える理由、捉えてきた枠組みというのが、わたしのこれまでの人生においてさまざまな要因が絡み合って形成されたものなのだと分かりました。

 1年目の取り組みを踏まえて2年目でも常に「自分はクラブカルチャーの何について書きたいのか、知りたいのか」ということを考えていましたが、夏合宿までは注目する部分をパーティーやクラブミュージックなどクラブカルチャーの中にある特定の要素だけに限定してしまい、かなり迷走していました。夏合宿後は、パーティーにおけるパーティーピープル(※9)のふるまいからクラブカルチャーとは何か考えるという目次案を立てていたため、「現場に行けば何か分かるかもしれない」と強引に日本や海外のクラブに足を運び、フィールドワークを実施しました。フィールドワークでは時間ごとに人の出入りや行動、会話や音楽の様子などについてメモをとり、クラブの見取り図を作成して人々のふるまいを追いましたが、クラブ内の暗くて爆音の空間では人々のふるまいや会話を追いきれませんでした。さらに結局は、わたし自身がパーティーに参加しながらパーティーピープルと適切な距離を置いて観察するという姿勢を保てず、ほとんど目の前の事象を捉えきれずに終わりました。
 後期が始まっても夏休みに実施したフィールドワークをなんとか形にして卒論に取り込もうと整理し模索しましたが、フィールドワークをどのような位置づけにして卒論で扱いたいのかも定かではなく行き詰まりました。

 いろいろと迷走した結果、「自分はクラブカルチャーの何について書きたいのか、知りたいのか」ということを明らかにするためには、自分がクラブカルチャーについてもっと知るべきであり、関連する事象や他の領域ともつなげて考えていく視野が必要なのだということが分かりました。フィールドワークや論点にて迷走したのも、クラブカルチャーに対する自分の理解度の不十分な点を適切に捉えられていなかったからです。
 そこで、後期中間発表ではこの卒論をクラブカルチャーについて考えていくための導入という位置づけで執筆する方向に定まり、歴史や経緯について大幅な追加を行ないました。特に、論文中の第2章にあたる大衆音楽や技術、社会の歴史の扱い方において、18世紀末から現在までという200年以上の範囲をどのように区分し、項目をたてて追うのかに試行錯誤しました。年代を区分けし、目次を立てるためにはこの約200年の間にどのような出来事があったのかをしっかりと知る必要があります。知識に乏しかったわたしは、後期中間発表後にさまざまな文献を調査し、メモをとり、扱い方を考えながら執筆するという作業を行いました。

 わたしが卒論で扱った範囲とはクラブカルチャーの全体像を明らかにするものではなく、その一端の整理をしたに過ぎませんが、かなり膨大な量になりました。それだけ多くのことを整理し、日々新しいことを知り、分からないことを調べ、執筆に反映する過程は大変な作業でしたが、楽しいと思える瞬間も多かったです。文献調査や執筆の過程で、自分がクラブカルチャーのどのような点に最も関心を寄せていて、考えていきたいと思っているのかといったことが徐々に以前より明確になってきたことも、前向きに執筆に取り組めた要因だと思います。クラブカルチャーに対するわたしの関心とは、副題に反映されているように、クラブカルチャーを成り立たせている要素であるクラブミュージックやそれらを取り巻くテクノロジーが、どのようにパーティーピープルと関係しているのかという点にあるのだということが分かるようになりました。
 このように、執筆する過程とはそれまで知らなかった多くのことを知り、自分がこれからも関わっていくクラブカルチャーがどのようなもので、そこに関わっている自分とは何なのかを考える日々でした。

 しかし、思えば1年目のときもクラブカルチャーとは何かを知るために知識の整理や補完を行い、自分との関わりを見つめ直すような取り組みを行なっていました。2年目での卒論の執筆も同様であり、1年目、2年目を通して、ゼミでの取り組みとは自分の関わっている世界を知ること、それについて考えることを通して自分とは何か知ることを繰り返していたのだなと改めて感じました。これはまるで、螺旋階段をのぼるような感覚です。上へと一歩ずつ足を進めることで、前と同じ角度から見る景色でも高さが変わって少しずつ広角に見渡せるようになり、前に分かったことがより強く分かるようになる、といった感じです。2年間取り組んだからこそ、こうして前に分かったことを再認識しながら少しずつ前進していくことが大切なのだと思えます。
 これまでの人生の中でもこの2年間が特にダイナミックであったと感じるのは、このような取り組みの中で過ごしてきたからなのだろうと実感しています。


 今後はクラブカルチャーについて知るために、焦らずひとつひとつ知識を補完し、執筆で得た関心を軸に自分なりの観点を見出し、ゼミ活動1年目の連載にて目標として掲げていたような「クラブカルチャーを別の視点でより深く考えていくこと」を目指してこれからも関わっていきたいです。卒論はクラブカルチャーについて考えていく第一歩であり、これからがわたしとクラブカルチャーの新たなスタートだと思っています。この経験を今度はダンスフロアに持ち込んでクラブカルチャーについて考えていきたいです。


 さて、今週もゼミツイッターにて「最近見た夢」をテーマにゼミ生たちがつぶやいています。
 口頭試問前だから原稿に追われる夢とか、遅刻しそうになった夢とかを見そうですね。口頭試問後に良い夢が見られるようにまずは明日の口頭試問に挑みます!変な夢を見ないように事前準備でできる限りのことを行い、行動に余裕を持ち、落ち着いて口頭試問に取り組みたいです。

 今週の週報はここまでとなります。次回は〈ジェット〉がお送りします。


※1 クラブやクラブミュージックを中心に展開する大衆音楽文化のひとつ。
※2 クラブミュージックを扱うイベントのこと。
※3 池間了至『アディクトの優劣感』文芸社 2005年
※4 こちらのリンクからご覧になれます。『連載 クラブカルチャーとダンスミュージック』http://www1.meijigakuin.ac.jp/~hhsemi10/
※5 DJが流す音楽にあわせて踊り、酒が飲める店舗のこと。
※6 Disc Jockeyの略。主に、2台のターンテーブルを用い、楽曲を選曲して継ぎ目無くつなぐというスタイルで音楽を担当する。ラジオのDJとは別。
※7 自分にとって切実なものをテーマに制作する数分の動画作品のこと。
※8 こちらのリンクからご覧になれます。『クラブとクラシック 私の日常』http://www.youtube.com/watch?v=TEM56X0ULAQ&feature=plcp&context=C37cc603UDOEgsToPDskKwUQhsNXxSK-_SoRre6HiV
※9 パーティー愛好者のこと。他にパーティーアニマルやパーティーフリーク、パーティーキッズなどの呼称がある。

posted by 長谷川ゼミ | 23:55 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
気付くこと

  先日は成人式でしたね。気付けば成人式を迎えてからもう2年が経ち、学生を卒業する日も近づいたと同時に、社会人となる日も近づいてきました。成人式を迎えた時とはまた少し違う、大人になる感覚がします。第34回の週報は<けーたん>がお送りします。

 1月11(水)のゼミは卒論提出後初めての、そして口頭試問前の最後のゼミでした。これをもって、授業としての2011年度ゼミは終わりです。教室に入ると昨年末の卒論提出直前の緊迫した雰囲気とは一転し、各自が考えてきたゼミの卒業旅行先を黒板に書き出し、わいわいと賑やかな雰囲気でした。

 私は旅行が大好きということで〈松〉と共に卒業旅行担当に就任しました。早速ゼミが終わった後にはみんなが挙げたプランを元に旅行会社に行き、2月18日〜20日に鹿児島と種子島に卒業旅行に行くことが決まりました。旅行先を挙げているときのわいわいとした様子を見て、私たちが中心になりみんなでプランの詳細を立てて、楽しい旅行にしたいと思いました。
 しかし、卒業旅行を楽しく迎える前に最後の課題があります。今週のゼミでは1月24日(火)に行われる口頭試問についての詳細を確認しました。

 口頭試問では、1人15分の持ち時間の中で5分~7分の間、提出した卒業論文の概要について発表します。初めて聞く人にも、自分が書いた卒業論文の全体像が分かるように、限られた時間でポイントを押さえて発表することが重要になります。

 この詳細を聞いて、改めて身が引き締まると同時に、昨年2011年度ゼミ生が初めて集合した際に同席した先輩の口頭試問の光景を思い出しました。それがどういう論文なのか、どういうことが分かって、どんなことが不足して、今後どのようなことをしなければいけないのかということなどポイントを押さえて発表していました。緊張感が漂う中、初めて先輩方の卒論について聞いた私でも、自分の言葉ではっきりとどのような卒論なのかを話している様子は強く印象に残っていて、各自がどのような論文を書いたのかもよく覚えています。

 新ゼミ生となる後輩にそのように感じてもらうためにも、この限られた時間の発表のためにも、きちんとした発表には周到な準備が必要です。ポイントを押さえ、卒論を通して分かったことだけでなく、分からなかったことも踏まえて、もう一度、提出した自身の卒論を振り返る必要があります。
 そのために、みんなで1月23日(月)に予行演習することを決めました。今後はまずそのために準備をしていきます。
 

 先週の週報にもあったように、私<けーたん>も1月5日に無事、卒業論文を提出しました。私の卒論は、「カーネル・サンダース人形はどのように立っているのか― 東京都23区内悉皆調査―」と題し、日本・ケンタッキー・フライドチキン株式会社の東京都23区内にある全89店舗を周り、日本の店舗にしか無いカーネル・サンダース人形が、どのように立っているのかを、実際に自分の足を使って調査しました。(*1)

 このテーマに決定するまで、論文を通してどういうことを書きたいのかを考えるのに時間がかかってしまったため、1週間で89店舗回りきるという課題を自身に課しました。「ここでこの電車を使った方が効率良く回れるのではないか」と路線図を常に横に置きながら考えて回りましたが、朝から晩まで1日中歩き回ってやっと20店舗といった具合でなかなか回れないことにかなり苦労しました。

 年末は東京都23区内にあるケンタッキー・フライドチキン89店舗を区別にまとめ、人形の周りにはどういうものがあって、人形がどうやって街に立っているのかを知るための周辺地図を書き、写真を整理する作業に追われていました。
 歩き回るのに比べて体力の消耗が少ない机上の作業の方が店舗を周ることに比べたらすぐに終わるだろうと思っていましたが、89店舗の量は膨大で、写真のサイズを合わせたり、地図が1枚抜けていたりと思ったよりスムーズに作業は進みませんでした。しかし、なんのために今まで話し合いを何度も重ねたり店舗を回ったりしてきたのかと、再度自身を奮い立たせながら作業を進め、論文を提出することが出来ました。

 先日友人に久々に会った際に、卒業論文のテーマを尋ねられました。5月に行った初めての発表の際、卒論のテーマとして考えていたものは「ギャップ戦隊かわいい南武線」でした。(*2)このことを友人は知っていたため、「カーネル・サンダース人形」になったという変化に驚いていました。今回は「ギャップ」や「南武線」については調べられませんでしたが、その後「ゆるキャラ」(*3)が気になっていったのも、キッチュ的要素(*4)など、どこか自分が気になることには「カーネル・サンダース人形」にも通じるものがあるように感じたので、劇的に変わってしまったと思いませんでした。

 この卒業論文1冊には、実際に見て回った「カーネル・サンダース人形」のことだけではなく、発表して自分の中にあるものを吐き出したり、意見を貰ったり、意見を出すことでまた自分自身にもそれが振り返ってきたりと、ゼミで学んだ1年間が詰まっています。それと同時に、ゼミで考えた切実なものというのは、自分自身の人生にも関わっていて、卒論に費やした1年よりもそれ以上の価値のある1冊なのだと改めて感じました。
 

 ゼミ後には借りていた先輩方の卒論をお返ししました。2009年度生の赤いファイル、2010年度生の青いファイルと並ぶ中、次は私たち2011年度生の卒論の入った緑のファイルが並ぶのかと思うと感慨深かったです。
 学生最後の課題である口頭試問に対してしっかりと向き合い、赤・青・緑と卒論を並べたいと思います。

 卒業する日が近づいてきましたが、引き続き週報や、卒論の振り返りレポートなどホームページを存分に使っていきたいと考えています。

 卒論についての振り返りレポートは、ゼミHPのWorksにて2月中にアップロードすることが決まりました。ゼミが始まってからの1年をいくつかに分けて、ゼミで行ったことを通じて何を考えたか、卒論のテーマについてその時どのようなことを考えていたのかを各自振り返ります。こちらはデザインや書き方が決まりましたので、口頭試問が終わり次第取り掛かり、みなさんに読んでもらえるように取り組んでいきます。
 完成しましたら、週報にてお知らせいたします。ゼミ生の変化を見ていただけると思いますので、卒業するまでのあと2か月よろしくお願いします。

 

 今週のゼミのツイッターは、「今年の抱負」がテーマになっています。もう鏡開きも終わってしまいましたが、卒業という大きな節目を迎える中、ゼミ生はどんな抱負を抱いているのでしょうか。こちらもまだまだつぶやいていきますので是非ご覧ください。

https://twitter.com/#!/hajime_semi


次回の週報は<きーにゃん>がお送りします。ではまた!



*1 現在では、アジア各国にケンタッキーが出来る際に、日本のスタッフが立像を持ち込んだことから、アジアの一部店舗にも設置されています。

*2 「ギャップ」「戦隊ヒーロー」「かわいい」「南武線」の4つが気になっており、それぞれを発表したが、私がその4つのテーマを気になるのはどこかつながりがあるからだということで、くっつけてこの呼び方をしていた。

*3 ゆるいマスコットキャラクターを略したもの。

*4 まがいもの。俗悪的な物。

posted by 長谷川ゼミ | 23:57 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
年が明け、新たなスタート!
 あけましておめでとうございます。卒論に取り組んでいる間に気がつけば年が明け、2012年に突入していました。いよいよ卒業も近づいてまいりましたが、今年もよろしくお願いします。第33回の週報は<ジェット>がお送りします。

 前回の週報でもお知らせした通り、先週の1月5日(木)に、ついに卒論の提出日を迎えました。私たち長谷川ゼミの面々は院生の<初代ゼミ長>の修論も含めて全員無事に提出することができ、ひとまずほっと胸をなでおろしています。
 前々から週報でお伝えしていたゼミのメーリングリストを使ったカウントダウンで私は提出当日を担当したのですか、ようやくこの日が来たか、という気持ちや論文に不備はないだろうかなどの緊張がないまぜ になって、どのような文面で連絡をすればよいだろうかととても悩まされました。
  しかし提出後にゼミ生で集合し、新年の挨拶などを行って疲れつつもさっぱりした顔を見られた時には、ようやく年が明けたことを実感できました。


 昨年ゼミが始動してから様々な取り組みを積み重ねてきましたが、その集大成を論文という一つの形にできたことはとても感慨深いです。
 ゼミのHPにもあるように、私たちのゼミの目的は卒業論文を書くことですが、ただ卒論を書くだけではなく、何について書くのかという、各自にとって切実なテーマを見出すこともまた大きな目的となっています。そのためにゼミ生や先生と話し合いを重ね、自分が明らかにしたいことは何なのか、卒論で書きたいことは何なのかということを常に考え続けてきました。

 私の場合、ゼミが始動した頃はまだ何について書きたいのか明瞭になっているわけではなく、大学におけるサークル活動や、ロマンティック・ラブ※1が気になっているな、という程度のものでした。しかし毎週行われるゼミはもちろん、3年生の夏季夏期集中講義のお手伝いをさせてもらったり、夏合宿でその時点でのテーマ案を発表し、ゼミ生に意見や質問をもらったりと様々な取り組みを重ねていくうちに、「青春」というものを卒論のテーマに据えたい、そのことについて論文を書きたいと自分自身ではっきりと感じることができました。なんとか卒論を書ききり、提出をする事ができたことも、取り組んでいる対象が自分にとって切実であるという実感を持っていたことが卒論の大きな原動力になっていたからだと思います。
 また、一緒に卒論に取り組んできた他のゼミ生の姿も、私にとって大きな刺激と活力になりました。
 私は夏合宿でTVドラマや小説などを題材にして「青春」とはなにかを明らかにしていくということは決まったものの、そこから11月に行われた中間発表までは題材選びの段階で右往左往してしまい、取り組んでいるつもりでも実際には考えが足踏みをしたまま過していました。題材を選ぶにあたって「青春」に関連するもの、ということを念頭に置いた際に、「青春」とは何なのだろうかということをぐるぐると考え続けてしまい、本来作品を通して考察するはずの「青春」に対して、自分の頭の中から答えを見つけようとしていたからです。
 その間に他のゼミ生はそれぞれ悩みつつも、文字通り足を使って国会図書館 で調べ物をしたり、論文の対象とした作品の視聴や購読  を行ったりと、執筆のために必要な具体的な行動を起こしていました。その結果は毎週ゼミで行う各自の活動の報告にはっきりと表れ、具体的な行動を起こした分だけ先に進めるのであり、逆に考えたつもりで行動を先送りにしていては執筆を勧めることは できません 。身近でそれを感じることは焦りにつながりますが、同時に自分もやらなければ、動かなければという活力にもなります。
 また年末年始を迎えると、ゼミや学校で顔を合わせることはほぼ無くなりなくなりました。  それでも提出前の緊張感や焦りを共有して 、発破をかけあえる存在がいるのは非常に心強いものでした。


 最終的な私の卒論のタイトルは「TVドラマ『おれは男だ!』にみる青春イメージ」となりました。このタイトルになったのは、れは先ほどの足踏みの期間が長かったため、「青春」について複数の作品を題材にして取り組むことは難しく、『おれは男だ!』※2という一つの作品の中に範囲を絞って、その中で「青春」がどのようなものとして表されてあらわされているかについて取り組むことに決めたからです。
 そこで中間発表以降は、実際にドラマを見ることと、  このドラマの当時の受け入れられ方を当時発売されていた雑誌『週刊TVガイド』※3をもとに調査していきました。
視聴を通して、ウーマンリブ※4と性にまつわる事柄の捉え方が、物語の中の重要な要素になっているということが分かったため、ウーマンリブの実際の活動や、純潔教育※5について過去の文献をもとに調べていきました。
 作業は常に順調というわけにはいかず、途中で何度も主題 から脱線したり、本来調べる必要のない資料を集めたりと、余計なことに労力を費やすことも多かったです。『週間TVガイド』による『おれは男だ!』の記事の内容をただ鵜呑みにして“「青春」とはこういうものだ”と思い込んでしまったりと、12月に入ってから提出までは他のゼミ生より進捗が遅いという焦りもあって七転八倒の毎日でした。

 しかしこれらの取り組みを通して『おれは男だ!』における「青春」とは、主人公を含めた高校生の男女に対して与えられる、特権的な性質を持ったもったものとして表されているということ、そして「青春」とは実体のないイメージであり、あたかもそれが存在するように語られているステレオタイプ的なものであるということにも気付くことができました。

 論文に取り掛かるまで私にとって「青春」とは、とても惹かれてしまうけれど具体的に考えようとするとぼんやりとしてしまう不明瞭なものでした。執筆を終えた今では、それがどういうものであるかが以前より明確になったと感じています。しかし、だからと言って「青春」の全てを知ることができているわけでもありません。
 今までの私の取り組みを見ても分かるように、執筆に取り組む過程の中である事柄が分かると、同時に次に調べなければいけない点も見えてきます。作品を見て、ウーマンリブが重要だと分かれば、同時にウーマンリブについて自分は何も知らなかったことに気付く。そしてウーマンリブについて調べれば、さらに調べる必要がある点が浮かび上がってくる。執筆はこの繰り返しで、分かったことと同時に、自分は『おれは男だ!』について、そしてそこで表される「青春」という像について何を知らなかったのかということが見えてきました。
 「青春」について論文を書こうと思い、『おれは男だ!』を視聴し、その中の要素について調べることで、作品や「青春」というものはそれ単体で存在しているのではなく、その対象の枠を飛び越えてもっと幅広い他の様々なものたち  によって形作られているものだと知ることができました。ただ「青春」を漠然と愛好していただけでは、その成り立ちやどんなもので構成されているのかを知ることはできなかったと思います。
 「青春」について、私の論文ではあくまで『おれは男だ!』という作品においてはどのように扱われているかということを考えていきました。そこで分かったことはとても大切で、まだまだ自分の分からない、知らなければいけないことに気づくことも同じように大 切です。
 だからこそ、無事提出ができた安心感はありますが、それとは別のところでもっと書きたいという気持ちも存在しているという、少し複雑な気持ちです。
 「青春」について執筆する前のように、よくわからないけれど魅力を感じる、ということはなくなりました。けれど昔以上に「青春」について知りたいという気持ちが、卒論を通して強くなりました。今後はこれまで読んできた、過去に熱中した小説をもう一度読み返して、その中の「青春」とはどんなものかを考えていきたいと思っています。


 さて、提出によって一区切りがついたと言っても、1月24日(火)には卒論の口頭試問が控えています。口頭試問は、卒論についてのこれまでの自分の取り組みや、執筆を通して分かったこと、論文では書ききれなかったことなどの自身の取り組みを総括する場であり、同時にこのゼミで自分が積み重ねてきたことの成果や、自分がどれだけ成長できたかを先生やゼミ生に見てもらう機会でもあります。
 昨年は翌年度のゼミ生として先輩方の口頭試問に同席させて頂きましたが、各自がそれぞれ自身の論文について分かったことや残された課題などをしっかりと発表していて、来年の自分もこんな風になれるだろうかと思っていたことを思い出しました。
 今年の口頭試問でも、私たちの後輩となる来年度の長谷川ゼミ生が口頭試問を見学に来るかもしれないと聞いています。私も先輩方と同じように、これまで悪戦苦闘しつつも色々なことを積み重ねて、少しでも前進した姿を先生やゼミ生、そして後輩に見せられるよう、残りの時間も気を引き締めて準備に当たりたいと思います!


 最後に、現在ゼミのツイッターでは「卒論を振り返って」をテーマにつぶやいていますので、そちらも是非併せてご覧ください。https://twitter.com/#!/hajime_semi 

 
 次回の週報は<けーたん>がお送りします。それでは。








※1 ロマンティック・ラブ:社会学上の概念で、男女間の恋愛においては「運命の相手」と結婚をして一生を添い遂げることを理想とするもの。近代における恋愛の一種の理想として扱われることもある。
※2 おれは男だ!:津雲むつみの漫画、およびそれを原作として1971年から1972年にかけて森田健作主演により日本テレビ系列で放送されたTVドラマ。
※3 週刊 TVガイド:東京ニュース通信社により1962年から発行されているテレビ情報誌。
※4 ウーマンリブ(英 Women’s Liberation):1960年代末から1970年代初頭にかけてアメリカ合衆国や欧州、日本などで起きた女性解放運動。
※5 純潔教育:性に関連する事柄についての教育。純潔であることを尊重し、若者の自由な性行動や婚前交渉は避けることが望ましいとするものもある。






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1月5日 卒論提出完了!

 あけましておめでとうございます。

 このたび、卒業論文提出日である1月5日(木)に、無事に全員が提出を完了しました。
2012年最初の週報は、ゼミ生全員でお送りします。

 クリスマス以降は、提出日までのスケジュールを立て、各自全体の推敲と図版や脚注などの付き物の作成を行い、1月3日(火)には脱稿、4日(水)には製本作業を終了しました。
執筆と提出を終えた段階でひとまず報告と感想をお送りしたいと思います。

 提出を終えた今は、無事提出できてほっとしたという気持ちや、一方でまだ書き足りないという気持ちがあります。
 論文を書く上で大切なことは、テーマが自分にとって切実であり、本当に書きたいと思えるものであることでした。ここまで執筆を続けてこられたことも、テーマが自分にとって切実であったからこそだと思います。
 また、論文を提出し、執筆に区切りをつけたとはいっても、そこでテーマについて考えることを終えたわけではありません。
 執筆を通してテーマと向き合ってきたからこそ、自分がこのテーマを完全に明らかにできたわけではないことも分かります。書いていく中で明らかになった点もたくさんありましたが、それと同じくらいテーマについて自分はどんなことが分からないのかにも気付きました。だからこそ書き足りない、という気持ちも生まれますが、迫れなかった点については、これまでの過程で得たことをもとに今後も考え続けていくべき課題であると感じました。

 今後の予定としては、1月24日(火)に口頭試問が控えています。今後は口頭試問に向けての準備を行い、気を抜かずに最後まで取り組みを全うしていきます。

 なお、執筆直前にツイッターにて心境をつぶやきましたが、提出完了についてもつぶやいていきますので、そちらも併せてご覧ください。
 
 次回の週報は通常通り1月10日(火)に〈ジェット〉がお送りします。

posted by 長谷川ゼミ | 19:52 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
ラストスパート!

  クリスマスが終わり、新年を迎えるムードになってきましたね。提出日が間近に迫り、ゼミ生たちの間にもいっそうの緊張感が漂っています。第32回の週報は<しおりん>がお送りします。


 12月21日(水)に、年内最後のゼミが行われました。このゼミが終了すると年内に全員が集まることはなくなるため、私自身、不安を出し切ってしまおうという思いで取り組みました。
いつものように各自の執筆状況を報告したあと、今回は1月5日(木)の提出までの細かなスケジュールを立てました。12月25日(日)までに論文を書き終えた後は、提出日である1月5日までの10日間を、論文の推敲と脚注などの付き物を作成するための期間に充てます。以前の週報でもお伝えしていた通り、ページ番号や図版、脚注、要約、提出書類などがあってはじめて論文が提出できる状態になります。そのような状態にするための作業は単純にみえて時間がかかります。
 3年生の時に長谷川先生の講義で『クリスマスについての論文集』(*1)を作成したのですが、執筆者となる12人分の論文のページ数を確認し、その数が間違っていないか、最初から最後まできちんとページ番号が通っているかなど何回も確認を行いました。印刷し、実際に製本を行ったあとにも、改めて表記は統一できているか、ページ番号が間違っていないかといったことを丁寧に確認しました。「論文集」として一冊のまとまった本をつくるにはこれだけの時間がかかるのだということを、これらの作業を通して身をもって実感しました。
 それは今回の卒業論文でも同じことです。そのため、これからの期間は時間厳守で、スケジュール通りに進めていくことが重要になります。3年生の時はグループで作業を行いましたが、今回はその作業を一人で行うことになります。これまでの週報など、パブリックに公開する文章の校閲や確認の作業は、自身の論文を自分で推敲するためトレーニングとなるものでした。文章をすべて書き終わったからといって油断はせず、提出日直前になって慌てることがないよう、こうした細かい作業こそ着実に行い、最後の執筆に取り組んでいきたいと思います。


 今回は、卒論の提出後1月24日(火)に行われる卒論の口頭試問についての話も伺いました。今年のはじめ、ゼミに入ることが決まったときにこの口頭試問に同席したのですが、その時の先輩がたの緊張感を思い出すとともに、もう来年度のゼミ生が決まる時期なのか、と「後輩」ができるということを実感しました。
 またこの日、先週お伝えした2年生のデジタルストーリーテリング作品(*2)が完成したということで、そのうちのいくつかの作品を見せていただきました。映像になることで、絵コンテの時とはまた違ったその人の雰囲気を感じることができて面白かったです。
 以前3年生とゼミ1期生の先輩がたの主催する飲み会に参加する機会があったのですが、3年生はにぎやかで明るい子が多く、来年、再来年と、どんな子たちがゼミに入るのかと、とても楽しみになりました。


 論文の進捗状況としては、既定の文字数を満たしていない者、付録の作成に追われる者など、それぞれが何かしらの課題を抱えています。ゼミの終了後には、最後のアドバイスを頂きに全員が先生の研究室に伺いました。
 私は『美少女戦士セーラームーン』(*3)の構造分析を通して「王子様」とはだれか、ということについて論じているのですが、執筆している途中でそのことを見失ってしまい、自分がいま何を書いているのかがわからなくなってしまうということがよくありました。また私は、自分のなかにある「王子様」像を軸に論を進めているため、それがどういうものなのかをきちんと伝えられているだろうかということや、その「王子様」像に終始してしまうのではないかといった不安が常にあります。
 そんな時は、意識的に紙に印刷してアウトプットするようにしています。そうすることで論文全体を見通すことができ、自分がいま何を書いているのかを明確にすることができます。そして、「「王子様」とはだれか」を明らかにするという、私の論文の目的や本来書くべきものとのずれを確認し、軌道修正を図ることができます。他のゼミ生たちと同じように、論文を執筆しているときは目先のことに集中してしまい、視野が狭くなりがちですが、そうしたなかで「全体をみる」ということの大切さに気づきました。
 また、そうやって全体をみていったときに、私は書いている途中で自分なかの「王子様」像をはじめ、他の文献や『セーラームーン』の話の内容に引っ張られていってしまい、自分が論じるべきことを見失ってしまっているということがわかりました。
全体を見直しながら自分の「くせ」を見つけ出し、その「くせ」に流されないように気をつけながら、残りわずかではありますが、ラストスパートを切っていきたいと思います。


 年内最後のゼミが終わってしまい、時間の経過の速さを感じています。これまで自分が積み重ねてきたことを無駄にしないためにも、その集大成といえるような論文を書きあげたいと思います。


 次回の週報は1月5日の論文提出後にゼミ生全員でお届けします。ご期待ください。




 

*1…1グループにつき10人程度のグループワークで、メンバーの一人一人がクリスマスについての論文を書き、一つの論文集を作成するというもの。

*2…デジタルストーリーテリングとは、「自分が今本当に伝えたい切実なこと」をテーマにストーリーを立て、写真やナレーションを使って約2分間の映像作品を制作するというもの。

*3…講談社「なかよし」にて1991年に連載が開始された武内直子原作の漫画。アニメは翌1992年に放送が開始され、約5年間にわたるシリーズ作品となった。

posted by 長谷川ゼミ | 21:01 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
書ききる

  12月も半ばに差し掛かり、卒論提出もいよいよ目前に迫ってまいりました。第31回週報は〈ワコー〉がお送りします。

 12月14日(水)のゼミでは、先週決定した卒論のタイトルの英訳版を決定しました。各々が辞書などを使いながら、自身のタイトルを英訳してきました。先週の週報でもあったとおり、私の論文の日本語タイトルは『賭博と反賭博―‐健康麻雀とはなにか‐』に決定しました。これを英訳するために私も辞書を引いたり、健康麻雀という言葉が他の論文でどんな英訳をされているのかなどを調べました。しかし日本語のタイトルを英訳するというのは意外に難しく、aやtheなどの冠詞は必要なのかとか、文法がおかしいのではないかなどの問題が数多く発生しました。そしてなにより日本語を英語に直訳すると、ニュアンスにズレが生じてしまい、英訳することで本来表すべき意味が伝わらなくなってしまうということがあり、決定までかなり難航しました。中には考えてきたものとはガラリと変わった人もいましたが、ひとまず全員決定ということにはなりました。
 私も必要の無い冠詞が付いていたり、健康麻雀とはなにかという部分を単純に疑問詞のWhatを使って英訳していたのを、A study forを使った方がいいことを指摘されて修正したりと、英訳の難しさを感じました。
 卒論を提出する際には、日本語版と英語版の要約を冒頭に載せる必要があります。自身の論文の主旨と、大まかな流れ、そして論文を通して何が明らかになったのかということをまとめる重要な作業です。日本語でどれだけ内容の伝わるものを書いても、英訳したら文法などがめちゃくちゃで内容が伝わらない、ということでは意味がありません。そうならないためにも、このタイトル英訳で気付けたことを活かし、一文一文の英訳に不備が無いよう取り組まなければいけないなと思いました。私もまた冠詞につまずいたり意味のずれた直訳になったりしないよう、細心の注意を払って英訳に臨みたいです。

 週報でもお伝えしているとおり、中間発表の翌日の11月12日から、卒論提出日(1月5日)までのカウントダウンをしているのですが、その残りの日数もいよいよ20日を切りました。 また本来の提出日は1月5日ですが、私たちのゼミではクリスマス(12月25日)までに一通り、本文を書ききるという目標を立てています。そのクリスマスまでは、残り7日となりました。クリスマスまでに本文の区切りをつけることで、提出日までの残り11日間を最終的な見直しの時間に充てることができます。そのためにも、今は各自とにかく全力で執筆にあたり、文字数を重ねていっているという状況です。ここまでの執筆量を見ると、4万字まで後あと少しの者から10万字を超えた者までさまざまであり、各自目標のために頑張っています。

 私の進捗状況はといいますと、現段階で文字数は4万字を超え、1章から4章までの執筆が終わり、残るは5章と6章というところまできました。私の論文のテーマは、「賭博麻雀の対照となる、麻雀から賭博の要素を取り除いた反賭博としての健康麻雀(注1)について論じる」というものです。その反賭博としての健康麻雀を捉え直し、それが賭博としての麻雀を元に成り立っているということを論文の中で明らかにすることが目的です。1章から4章までは、論文を書くに至った経緯、麻雀という遊戯の歴史、賭博としての麻雀と反賭博としての健康麻雀について執筆してきました。これから書こうとしている5章以降は、これまでの章をふまえて何が明らかになったのかを論じる、最も重要な章となります。

 私は、健康麻雀という論文の大きなテーマは決定しつつも、その健康麻雀の何について論じるのかということがなかなか定まらず、ようやく定まったのが先月の中間発表の時でした。
 私には一つのことを考え出すと、それについてしか考えられなくなってしまい、結果的に論文の視野がとても狭いものとなってしまうという悪い癖がありました。中間発表にて皆から指摘を受けるまでは、健康麻雀について調査し続けるあまり、論文を書くそもそものきっかけとなっていた家族麻雀のことを完全に忘れてしまったり、「賭博麻雀に比べて賭けない健康麻雀はこんなに素晴らしいものだ」  というような、健康麻雀推進派のレポートのようになってしまったりしったりしていました。自分にとって切実なものをテーマとして取り上げると、どうしてもその良い部分にばかり目が行ってしまいがちで、それを自分で気付くことはなかなかできません。誰かに指摘されて初めて気付くたびに、テーマを客観的に眺めるということの難しさを感じていました。

 それを改善すべく、中間発表以降はまず自分の立てた目次案全体を印刷し、執筆中常に見えるよう自分の手元に置き、自分がどんな筋道で論文を書くのかということ、論文で一番重点を置くのは、賭博麻雀と照らし合わせたうえで健康麻雀を捉え直すことだということを意識しつつ、執筆することを心がけるようにしました。そうすることで、執筆中常に自分の進むべき方向を確認しながら、視点が偏りそうになったら自分で軌道修正をすることが少しずつですができるようになってきました。実際に、健康麻雀の対照となる賭博麻雀の章を書くときも、賭博と法律の関係や賭博麻雀関連の事件などについて、資料で調査した分の情報を全て書くのではなく、目次案を参考にして自分でしっかりと章の落とし所を決めて書くことができました。あまり深入りしすぎずに、自分でしっかりと落としどころを決めて書くことができました。

 しかし、これはあくまで自分の中だけの話です。いくら自分で軌道修正しようとしても、本当にそれでいいのだろうか、と疑問は常に浮かんできます。そんな時に力になるのは、やはりゼミ生たちであり、ゼミの時間や学校で会ったほんの少しの時間でも話を聞き合い、アドバイスをし合うことで、ここまでなんとか執筆することができました。これまでの週報にも、何度もゼミ生の存在が大切だと書きましたが、こうしてフォローし合うたびに、そう感じる気持ちは一層強まっていきます。フォローされたのなら、次は自分がその倍フォローしようという気持ちで取り組むことができます。
 残された時間は本当にあと少しです。まずは12月25日というひとつの区切りにむけてこのまま迷わず執筆を続け、本文を書ききりたいと思います。

 今週のゼミの後には、私たちと同じ芸術学科の2年生が取り組んでいるデジタルストーリーテリング(注2)という課題の相談に乗るという機会がありました。彼らもまた発表まで時間が残り僅かとなっており、どのようなテーマを伝えるのかということをまとめた企画書、それを基にして動画の構成を書いた絵コンテをもとに、一生懸命自分の考えを話してくれました。私自身2年生と接するのは初めてだったのですが、この相談の時間を少しでも有意義なものにするべく、感じたことや疑問に思ったことを遠慮なくストレートに伝えました。自分の考えた企画や絵コンテについて一生懸命私たちに話してくれました。
 デジタルストーリーテリングの課題は、私たちも2年生の後期に私たちも取り組みました。こうして必死に一生懸命取り組んでいる2年生の姿を見て、一昨年私たちも同じように血眼になって取り組んでいたな、と思い出したりしました。またこうして2年生の話を聞くことによって、卒論執筆のよい気分転換にもなり、私たちも負けてはいられないなと、より一層自分を鼓舞することができました 。
相談に来た2年生は、なんとかみな最終段階の制作に進むことができたようです。お互いに最高のアウトプットができるよう、私たちも全力で卒論に取り組みます。

 先週の最後に少しツイッターの話題が出ましたが、こちらも現在力を入れて取り組んでいます。「寒さ対策」のときに沢山つぶやいた私ですが、実は〈松〉同様、今月の上旬には体調を崩していました。自分への戒めも込めての大量ツイートだったということですね。
今週のお題は「行きたい所」に決定し、これまで沢山つぶやきが出てきています。長谷川ゼミ(@hajime_semi)のツイッターの活動は卒論を提出した後も続きますので、是非フォローして、最後まで見ていってくださると幸いです。

 最後に Web関連でもう一つ。先月の26日の週報でも報告しましたが、集中講義のHPが無事完成いたしました。感想としては、なんとか完成させられてホッとしています。私も記録Web班の班長として映像編集などに力を注ぎ、自分でも納得のいくものが作り上げられたと思います。講義を受講した後輩をはじめ、一人でも多くの人に見ていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

 来週の週報は〈しおりん〉がお送りします。それでは。


※注1 健康麻雀とは「賭けない・飲まない・吸わない」のスローガンのもと、麻雀から賭博、飲酒、喫煙を取り除き、純粋に頭脳スポーツとして楽しむという活動のこと。

※注2 デジタルストーリーテリングとは、「自分が今本当に伝えたい切実なこと」をテーマにストーリーを立て、写真やナレーションを使って約2分間の映像作品を制作するというもの。

posted by 長谷川ゼミ | 22:42 | 長谷川ゼミ週報(2011) | - | trackbacks(0) |
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