明治学院大学 文学部芸術学科 芸術メディア系列のゼミです。
週に3回のペースで活動内容などを報告していきます!
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春休みの活動報告とごあいさつ
長谷川ゼミのブログをご覧のみなさま

こんにちは。長谷川ゼミ7期生です。

まずは、春休みの活動報告をします。
わたしたちは、春休みにふたつのプロジェクトを行いました。

ひとつめは、山手線駅前オブジェ調査です。
みなさんは、だれかと待ち合わせをするときに駅前のオブジェ目印にしたことはありませんか?たとえば、渋谷駅前の忠犬ハチ公などが有名です。このほかに駅前にはどのようなオブジェがあるのか調べてみたいというおもいからこのプロジェクトは始動しました。

ふたつめは、ハジマガ!です。これは、このゼミで過ごした一年間のふりかえりを雑誌形式でまとめたものです。夏休み中には、ハジラジ!プロジェクトと題して、前期の活動をラジオ形式でふりかえりました。このハジマガ!プロジェクトは、その第二段企画です。

3月にこれらのプロジェクトが終了し、それぞれウェブページが完成いたしました。
2015年度長谷川ゼミHPの「WORKS」にて掲載していますので、ぜひご覧ください。
URL⇒http://www1.meijigakuin.ac.jp/~hhsemi15/

――――――――――――

上記の春休みのプロジェクトをもちまして、7期生の活動は終了です。
一年間このブログをご覧いただいたみなさま、ありがとうございました。
7期生の更新は終了しますが、4月からは8期生がこのブログを運営していきます。
どうか今後とも長谷川ゼミをよろしくおねがいいたします。
本当に一年間ありがとうございました。

明治学院大学文学部芸術学科 長谷川ゼミ7期生一同
posted by 長谷川ゼミ | 15:18 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
わたしたちの距離
こんにちは、〈みぃちゃん〉です。最近は寒暖差が激しく、着るものに困ってしまいますが、同時にもうすぐそこまで暖かい春がきているのだなと感じます。
長谷川ゼミでは先日、ゼミ旅行で岡山へ行ってきました。「晴れの国・岡山」と呼ばれている岡山県ですが、当日は生憎の雨と曇りでした。岡山城では備前焼の土ひねりをし、児島ではジーンズ作りを体験しました。その他にも倉敷の美観地区、吉備津神社、吉備津彦神社にも行き、とても楽しく充実した3日間でした。観光しながら、もうこのゼミの仲間たちと、先生と、こんなに長い時間を一緒に過ごすことはないのだなと思い、少し寂しくもなりました。そして、今までのゼミ生との関わりについて振り返っていました。
今でこそ一緒に旅行する程仲良くなれた私たちですが、ゼミが始まったばかりの頃はなかなかお互いの距離を縮められずにいました。ゼミに入ったとき、私たちは先生に「 女子校ノリにならないように」と言われていました。女子校ノリとは、ただ馴れ合っているだけで、上辺を取り繕っている状態のことだと私は思います。私たちは女子校ノリにはなりませんでしたが、お互い遠慮しあい、言うべきことも言えずにいたように感じます。
その原因のひとつには、あまり自主的に集まらなかったことが挙げられます。昨年度の先輩方は、毎日のように自主ゼミをしていたと聞きました。一方、私たちは必要以上に集まらないようにしていました。それは、それぞれ就活などをしていて予定が合わせにくい、などの理由からです。そのためプロジェクトの作業などでどうしても集まらなければならないときにだけ集まり、作業が終わるとすぐに解散していました。活動後にご飯へ行くこともなく、お互いに卒論の相談もしてきませんでした。
卒論に関してはゼミ生それぞれが1人で進めていました。月に一度の発表のときにやっとゼミ生が何を考えているのか分かった、ということもよくありました。自分のことを話そう、もっと相談すればよかったという反省は発表のたびに呟かれていました。私はというと、慣れ合い過ぎることは良くない、卒論は自分で進めるのだから自分で考えなくては、と思っていました。また人に話せるほど自分の卒論を進められていないと感じ、なかなかゼミ生に話せずにいたのです。どんなことでも良いからもっと自分の卒論についてゼミ生と話していれば、今とはまた違った卒論を提出していたかもしれません。また他のゼミ生に対しては、自分がもっと周りを見ることが出来ていたら、自分がゼミの中でもっと違う振る舞いをしていたら、何かが変わったのではないかとも思います。今考えると、私はゼミに対しても卒論に対しても責任感が無かったなと思います。自分の問題意識について考える機会がせっかく与えられていたのに、何に対しても深く考えることが出来ていませんでした。
このように感じていたのは私だけでは無かったようで、卒論を提出してからの私たちの関係は、それ以前とは違っています。卒論の提出、口頭試問を経て「もっとお互いに相談すれば良かった」「もっと早い段階で何でも話せる仲になっておくべきだった」という反省を生かし、同じことを繰り返さないようにしていると感じます。現在、私たちは、3月いっぱいはゼミとしての活動を続けようと決め、春休みに様々なプロジェクトを行い、まとめています。新生活へ向けての準備でそれぞれが忙しい中、少人数でもなるべく集まって話し合いをし、ひとつひとつのプロジェクトをなんとか前に進めています。また集まりのときも、旅行のときも、卒業後のことなどお互いの話をよくしていました。このような話は今までもしてはいましたが、以前とは距離感が違っていて、お互いが心から話している、という感じがします。ようやく、お互いに信頼し合い、高め合える仲になれているのではないでしょうか。
このような仲になれたのは、今まで取り組んできたプロジェクトや卒論の提出という壁を、どんな形でも、乗り越えてきたからだと思います。また、そのいろいろな壁を乗り越えることでお互いを知ることもできたからです。大学4年という、学生生活の最後に長谷川ゼミの7期生として活動できたことは、私にとってかけがえのない時間になったと思っています。そしてこれからも、お互いに高め合える仲間を大切にしたいと思います。
最後のブログということで書きたいことはもっともっとありますが、このくらいにしておきます。ありがとうございました。次回は〈シンシン〉です。
posted by 長谷川ゼミ | 23:01 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
テニミュとこれから
 みなさんこんにちは、〈シソチョー〉です。わたしたちは、7期長谷川ゼミとして3月末まで活動すると決め、現在もプロジェクトを進めている最中です。そのためにゼミ生がそれぞれ作業を行っているのですが、わたしはウイルスにやられ、ダウンしてしまいました。卒業論文を提出し終え、今更ながら気が抜けたのでしょうか。久しぶりに何日も布団にこもり、ゼミ生には迷惑をかけましたが、作業を分担し心配の声をかけてくれたゼミ生の優しさが心にしみました。

 さて、わたしがブログを担当するのは、この記事をもって最後となります。最後にどんなブログを書こうか悩みましたが、最後もテニミュのことを書こうとおもいます。
わたしは「ミュージカル テニスの王子様においてファンはキャストに何を求めるか」という卒論を書きました。小学生のころからテニミュが大好きで、大学に入学してからも講義が終わったらテニミュを観に行き、実際ゼミに入ってからも夏までそんな生活をしていました。しかし本格的に卒論の執筆がはじまり、先生から「卒論の対象にしたテニミュのDVDはたくさん観てもいいけど、実際には行かないように(笑)」と釘をさされました。
そして、卒論の提出が済み、無事に口頭試問が終わり、わたしは待ちに待ったテニミュの公演を観にいきました。今回、わたしが観に行ったのは、『ミュージカル テニスの王子様 3rdシーズン 青学vs山吹』という公演です。この公演は去年の12月から上演されており、その時すでに第一次脱稿は終えていたので、この期間中なら先生に黙って行ってしまおうか、という誘惑に何度負けそうになったかわかりません。しかしその誘惑にもなんとか打ち勝ち、執筆に励みました。いままでは公演中は毎日のように劇場に足を運んでいたので、何か月もテニミュを我慢したのは久々で、わたしはこの日を今か今かと楽しみにしていました。また、卒論を書き終えたあとで観るテニミュはどんな風に自分の目に映るのか、ドキドキしていたました。
 
 楽しみと緊張、初めて劇場でテニミュを観たときの気持ちを思い出しながら、当日チケットを握りしめ、指定の席につきました。すると、赤いハチマキをつけたファンがわたしの前の席に座りました。赤いハチマキというのは、今回の公演にも登場するキャラクターのトレードマークです。わたしはそのファンの恰好にとても驚き、隣の席に座る友人に訪ねると、ハチマキの代わりに赤いカチューシャをつけているファンもいるのだと教えてくれました。実際に周りを見渡してみると、赤いカチューシャをつけているひとは簡単に見つかりました。これまでも、特定のキャラクターのファンであることがわかるような服装や色などを身につけているファンはいたことでしょう。しかし、それまでのわたしはテニミュに文字通り夢中になっていたのでファンの様相を気にすることはありませんでした。
 特定のキャラクターのトレードマークを身につけるファンの姿を見て、わたしは自分の卒論を思い出しました。ゼミ内でも発表の際、先生やゼミ生から「テニミュはアイドルのシステムと似ている」とアドバイスをいただきました。アドバイスを受け、テニミュのアイドル的要素を取り上げたり、アイドルに関する文献を読んだりして、テニミュとアイドルの類似性など比較をおこないました。しかし、比較したにもかかわらず、それを生かすことができなかったため、当然口頭試問ではそのことに対して指摘がされました。わたしは卒論を書き終えてそれが心残りだったのです。
 当時、アイドル性を比較していたときは、テニミュにキャストの卒業制度があることや、アンコールで客席に降りてハイタッチをするなどのファンサービスをすることから、テニミュ側にアイドル性があると考えていました。しかし、今回特定のキャラクターのファンであると主張しているファンを見て、自分の応援しているアイドルの色のサイリウムを振って、自分がそのアイドルのファンであるとアピールする姿に似ていると思いました。テニミュの客席で赤いハチマキをつけているファンは、そのキャラクター(またはそれを演じているキャスト)のファンであると自ら主張しています。きっとその姿はキャストから見ても誰のファンなのか一目瞭然でしょう。自分が誰のファンなのか相手に知ってほしい、自分のことを見てほしいというファンの姿勢は、それこそテニミュを観劇しようという姿勢とは異なり、ファン側もテニミュをアイドルとして観ているのだと思いました。これまではアイドル性があるのはテニミュだけだと思っていましたが、すでにファンもテニミュをアイドルとして観ているのだと気づくことが出来ました。
 
久しぶりに観たテニミュは、ほんとうに楽しかったです。それは、テニミュの内容だけの話ではありません。いままでは、ほんとうに自分の好きなようにテニミュを観ていました。ゼミ生にテニミュのどんなところを見ているのかと聞かれても答えられないことが悔しくおもいました。そして、卒論のテーマをテニミュに決定してからも、ほんとうによかったのかと執筆中すこし悩んでいたこともありました。執筆中、これを書くことでわたしは何かを得ることができるのかと思ってしまったからです。しかしわたしは自分が卒論をテニミュで書いてよかったといまなら胸をはって言うことができます。口頭試問で先生は「これからまた元のようにテニミュを観なければいいけれど」とおっしゃっていました。わたしは今回テニミュを観て、テニミュについてもっと多くの視点から考えて、テニミュのアイドル性について考えを深めていきたいと思うことが出来ました。それまではテニミュが2.5次元ミュージカルと謳っていることから、ミュージカルであるという視点からしか考えられていませんでした。しかし「テニミュをアイドルとして観る」と視点を変えてみるとアドバイスをいただけたおかげで、わたしは真剣にテニミュと向き合うことが出来、卒論を終えてすこし成長できたのではないかと実感を得ることができました。わたしはこの経験をわすれずに、これからもテニミュと関わっていきたいと思います。

それでは、今回は、〈シソチョー〉がお送りしました。次回は〈みぃちゃん〉です。
posted by 長谷川ゼミ | 23:22 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
自分を取り巻くつながりたちのはなし
 こんにちは。〈よらさん〉です。サークルでやっていた人形劇の卒業公演も終わり、卒業式まで数えればあと数週間ほどしかありません。
 わたしの最後のブログでは、自分のこと、そして、一年間を通してなにを思ったのか、考えたのかを書いていきたいとおもいます。
 
 一年を終える度、自分は多くのひと、もしくは新しい人たちと関わることが出来たなあ、とおもうのです。大学に入ってから、二年生になってから、三年生になってから、四年生になってから。もちろん、大学入学以前も多くの人たちと出会ってきました。
 卒業論文では、わたしはテーブルトークRPGについて書きました。このゲームを通じて、また新たな人に出会いました。
 そうして考えると、多くのひとたちとわたしは関わってきていることになります。それはとても幸いなことです。ですが、どうしても、自分自身では一度かかわった人とのつながりをなかなか絶てる気がしないのです。そこで関わったひととの関係を断つのが、惜しく感じてしまい、話すことが出来なくなるのはかなしいと思うからです。
 また、ひとのことを嫌いになることもあまりありません。苦手だな、意見があわないな、と思っても、そういうものだと真っ先におもうのです。強いて言えば延々と他人のことを悪く言い続ける人は苦手ですが、その人自体を嫌いにはなりません。その行為が苦手なだけです。
こういう性格も相まって、会えなくなるという境遇に置かれた時、わたしはひたすらどうこの状況に向き合えばいいのかと考えを巡らせます。小学生の頃も、通っていた習い事をなかなかやめられずに躊躇していたことが少なくありません。
 しかし、いろいろ思うくせに一度離れてしまえばそこまで悩むことはないということも自覚しています。時にはためらいなく自らを切り離すことが出来る人もいます。
 
 いろいろなひとと話すと、その分、自分とは違うことを考えているひととも出会います。ゼミでもたくさんそんな場面がありました。自分がカバーできる内容の話を振られると、あまりはっきりとした受け答えをすることが出来なかったりもします。けれども話を聞くのは嫌いではないので、もっと色々なことを話してほしいと思っています。たとえ興味がないものでもずっと吹き込まれたりした後に気になってしまう、ということだってあります。
 
 結局、この一年で、自分の見ている世界の狭さ、そして意外と自分が自分のことを理解しきれていないということがわかりました。わからないから、逃げてはいけないけれど、未だ受け止め方がわからない。それでもわたしは、自分の見ている世界を広げていきたいと願っているのですから、これからも勉強を欠かさずにしていきたいと思うのです。多くのものを見て、考えていきたいと思います。
 
これからわたしは今までのつながりの大半をいったん置いて、見知らぬ土地に行くことになります。今まであったものがなくなる、というわけではありませんが、結構寂しいです。
ただそこでまた、様々な人やものと出会い、関わりを持つことになるのでしょう。
それからどうしていくのかは、まだわたしにはわかりません。たくさん話をし、笑って、悲しんで、過ごしていくかもしれません。しかし、あまり気を張りすぎず、且つ、しっかりと向き合っていきたいです。
 
 以上で今回の記事はおわりです。次は〈シソチョー〉となります。
 
posted by 長谷川ゼミ | 13:12 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
チームで取り組んでいくということ
 
 ブログをご覧のみなさまこんにちは。〈チェリー〉です。卒業式まで一ヶ月をきりました。このゼミに入ったころ先生や先輩に「卒論提出まであっという間だよ」と言われ、そのときはそんなことないだろうとおもっていましたが、ほんとうにあっという間に一年が過ぎてしまいました。
 
 わたしは、大学三年生まであまり真面目に講義に取り組んでこなかったため、「芸術学科でこんなことを勉強している」と具体的に話すことができませんでした。そんな自分を情けなくおもい、ゼミに入り卒論を書くことを決意しました。そうして書き上げた卒論が『アイドルオタクはどのように「コール」しているか――Berryz工房のコール類型』です。このように自分の好きなテーマで精一杯の力を出して卒論を書くことができたのは、このゼミに入ったおかげだとおもいます。卒論を書くことが大きな目標でしたが、ゼミでは卒論だけでなく春休みから自分たちでプロジェクトを考え取り組んできました。たとえば、品川区神頼み調査やボクベジ、ハジラジ!、工場見学、二冊の本の講読です。これらのプロジェクトは、卒論への取り組みと並行しておこなってきました。プロジェクト決めに関して、目的や手段を混同させないこと、事前方法をしっかり定めること、など、これらは卒論にも活かすことができました。卒論への取り組みと並行して行っていたため時間のつかいかたに苦労したこともありました。しかしそれよりも、ゼミという複数人のチームでひとつのことに取り組むことにむずかしさを感じています。
 そのことをいちばん痛感したのが、夏の集中講義補佐の仕事です。毎年、芸術学科メディア系列の三年生は夏に特別集中講義を三日間おこないます。そこで、わたしたちゼミ生は長谷川先生の講義の補佐をしました。わたしは、その補佐のチーフになりました。本番までの一ヶ月間、講義を想定して備品の準備をしたり、当日の役割分担をしたり、メディア系列のほかのゼミの方々と連絡を取りあいそれをこちらのゼミ生に共有したりと、とても仕事がたくさんありました。そのため、はじめは自分だけで仕事を抱え込んでしまったことも多かったです。ですが、それではよくないとおもい、うまく役割分担するにはどうしたらよいか、や、どのようにしたらうまく情報共有できるかなどいろいろ考えました。あまり人をまとめることに慣れていないわたしでしたが、話を聴いてほしいときや手伝ってほしいときに快く応じてくれたゼミ生に感謝しています。補佐担当のゼミ生以外にもリハーサルに参加してもらったことで、当日は大きなトラブルもなく終えることができとてもよかったです。いままでは、ただなんとなく人に従ってきたこともありましたが、このときの経験によって、チーフやリーダーとなる人の大変さがとてもよく理解できました。そのため、自分がそういう立場でないときにはどのように接したらチーフを助けることができるかということも学ぶことができました。
 一月に卒論を提出し、ひと段落という間もなく、この春休みにもいくつかプロジェクトをおこなっています。ですが、やはりチームでひとつのことを取り組むことにむずかしさをかんじます。このごろゼミ生とは、以前よりも趣味のことや悩みなどもよく話すようになりました。ですが、ゼミを進めていく際は友達というよりも、やっぱりゼミ生として接しなければならず、とてもむずかしいです。どのようにすれば、よりよく物事を進めていけるのか、いまだに試行錯誤しています。二月になり、毎週全員が顔を合わせることはあまりできなくなってしまいましたが、ゼミ内では最後のプロジェクトまでしっかりとやり遂げたいという意識をかんじています。みなで協力していきこのゼミをきちんとしたかたちで終え、気持ちよく卒業を迎えたいとおもいます。
 
 こうした悩みをもつようになったこともこのゼミあっての成長だとおもいます。このようにゼミの活動をとおして悩んだり、反省したりして成長してきたこの一年間は、わたしにとってとても意義のあるものでした。なんといっても100%の力で卒論を書くことができたこと。このことは、おおきな自信となっています。ゼミのみなさん、長谷川先生に出逢えてしあわせです。心から感謝しています。
 以上〈チェリー〉の最後のブログをお送りしました。現在進行しているプロジェクトは、来月2015年度長谷川ゼミのホームページにて公開予定です。次回のゼミ生のブログもおたのしみに。
 
posted by 長谷川ゼミ | 22:52 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
飛翔するとき
みなさま、こんにちは。寒くなったり暖かくなったり気候変動が激しくなってまいりました。お元気にお過ごしでしょうか。今回は〈さくそん〉が担当致します。


だんだんと暖かい日が増えて来て、春の訪れがもうすぐであることがわかります。春といえば始まりの季節であり、終わりと別れの季節であります。私はこの春に小学校から長く続いてきた学生生活を終了させます。


学校は昔は特に好きではありませんでした。宿題が嫌いだったり、運動ができないのに強制的に走らされたりする体育が好きになれませんでした。それはやらされていることだったからかもしれません。
大学では元々好きであった映画や美術を学ぶために芸術学科に入学を決めました。学ぶことが好きなことであったために私は大学に通うことが好きになりました。いやいや受ける授業はなくなり、レポートでもどんなものを書いたら面白くて個性的なものになるだろうかとわくわくしながら書く本数が多くてもがんばれました。
ゼミでも私は好きなことを発表し、好きなことで卒論を書くことを決めました。その時、好きなことしか見れない自分がいて、それはなんて狭い世界だったのかということがわかりました。好きなことを話し、好きなことをするそれだけで私はいっぱいになってしまい、それ以外のことを自分からシャットアウトしていることで周りを見ることが出来なくなっていたのです。
卒論の執筆でもその事は何度も何度も言われました。でも、出来上がった卒論は結局狭い世界にいるままの文章になってしまいました。


この1年でそのことに気づけたことは私にとっては大きな一歩であったと思います。好きなことばかりやっていられない、そのことばかり考えていられない場所に今から行くことになるからです。それは私にとっては辛い事も多い気がしますし、不安でたまらなくなります。今までのように楽しくいられないかもしれません。
でも、この1年で学んだことがこのこと以外にも多くあります。その事を常に忘れず前向きに進んで生きていきたいと思います。


あと少しの学生生活を悔いの残らないように楽しみたいです。今回は〈さくそん〉が担当致しました。次回は〈チェリー〉が担当してくれます。お楽しみに。
posted by 長谷川ゼミ | 21:33 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
こびりつくプライド
 こんにちは。最近ようやくホッカイロを購入しました。毎日お腹のあたりに貼って出掛けていますが、心なしかお腹周りの脂肪も減ってきたように思うのは気のせいなのでしょうか。本日は〈GABA〉がお送りします。
 
 先日、電車に乗っていた時のことです。路線図を見ると、ふと、「荏原町」「旗の台」という駅名が目に入りました。それを見て気持ちが高ぶりました。その土地は、以前私たちゼミ生がプロジェクトで赴いた土地だったからです。
昨年の6月頃、「品川区神頼み調査」と題して、私たちは品川区の神社のうちどこに絵馬が置いてあるのか、そしてそれぞれの絵馬に何が書いてあるか、言葉通りひとつひとつ調べました。(詳しくはWEBをご覧ください。)勿論ゼミの誰にとってもそのようなことをしたことは初めてだったので、全てのことが初体験でした。神社の方に声を掛けられ説明するのが大変だったこと、ある神社では調査を途中でやめにすることになったこと、調査後集まって、全ての絵馬の内容を全員で確認しながらグルーピングしたこと。ひとつひとつの問題に対して妥協せずに答えを出し、ゼミ生みんなでやり遂げることが出来ました。駅名を見た時、そのことを思い出して懐かしい気持ちがする一方、妙に気持ちがざわつきました。自分の卒論と比較していたのです。

 私の卒論は、お世辞にも良い出来と言えるものではありません。体裁が整っていなくて、分析の軸もあやふや、本来問いに答える重要な要素であるはずの考察にまで至らずに終わっている、どこから見ても拙劣な出来です。それは書きあげるまでに、自分のプライドばかりを優先させて取り組んできた結果です。人から意見をもらっても、自分は意見されるようなことはしていないと認めなかったり、毎月の発表のクオリティが低いことを隠し、「今はここまで出来ています、次頑張ります」という言い方をしたり、自分の実力を過信して、無謀な計画を立ててしまったりしました。先生はよく私に対して「人に話を聞いてもらいなさい」と仰いましたが、今はまだ人に話を聞いてもらえるような段階ではないからと判断し、結果として人に話をしないということもありました。それも、ゼミ生に対し、きちんとした考えを持っている自分だけを見てほしいというプライドがあったのだと思います。「荏原町」「旗の台」という駅名を見た時、そうした自分の卒論と、プロジェクトの出来を比べていたのでした。
 また、更に落ち込んだのは、そのように自分の卒論に対して自信が持てなかったことを、プロジェクトに赴いた土地の名を見るまで意識から消し去っていたことです。忘れてはいけないはずのその事実を、どうして忘れてしまうことが出来たのでしょう。それは、私が卒論の出来に対して「私はダメだった」と評価していたことにあると思います。それは一見反省しているように見えるかもしれませんが、実際は違います。上に書いたように、取り組み方において良くなかった点は沢山ありました。しかし、「私はダメだった」と記憶を単純化することで、そのひとつひとつを意識しないようにしていたのです。

 前のブログでも、自分はプライドが高いことで、不出来である実情を認められないことをお話したことがあります。ですが、反省するという形で、これほどまでに巧妙にそのことから逃げていた自分を自覚した時、ずるいと思い、がっかりしました。本来、本当に成長したいなら、意識するべきなのは具体的な弱みであって、自分がダメだというあやふやな事実ではないはずです。
わたしに必要なのは、ひとつひとつの事柄をしっかりこなし、そこから逃げないことでしょう。自分ができるのか否かという大局的なことを考えるのは、もっと後になってからも遅くないはずです。
 きっとこれからも、私のプライドの高さは、色々な形になって表れるでしょう。しかし、自分の不出来から逃げてしまう癖を自覚したことは、自分の軌道修正をするためのコンパスを手に入れたことでもあると思います。次何か巧妙な形で自分の不出来から逃げようとした時も、その自分に気付ける勇気を持ちたいと思います。
 
このブログもラスト一巡を迎えています。このあともゼミ生ひとりひとりの気持ちのこもったブログをお送りすることとなると思います。どうか最後まで宜しくお願いいたします。本日の担当は〈GABA〉でした。次は〈漱石〉が担当してくれます。
 
posted by 長谷川ゼミ | 23:58 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
後悔はしても遅い。
みなさま、こんにちはこんばんは。〈コッコ〉です。最後の更新だと言うのに大幅な更新の遅れが生じてしまいました。
 
 このブログを見ていらっしゃる方は次期ゼミ生の方なのでしょうか。それとも長谷川一ゼミという場所に興味を持って下さっている方なのでしょうか。いずれにせよブログに興味を持って下さっていることは非常に喜ばしいと思います。
 さて、今回は自分自身の欠点について述べようと思います。この一年間、自分がしてきたことと言えば、特に何もありません。ゼミに入ったのに何を馬鹿な、と考える方がいらっしゃるかもしれませんが、本当に自分の中でこれをやったぞ、と胸を張れるようなものがありません。ゼミの発表の中でも「何がやりたいのか分からない」「一番最初の自由な発表が一番面白かった」などのコメントを頂き、最終的な口頭試問でも論文評価も散々なものでした。原因ははっきりしています。何もしていなかったからです。他の人が次々に自分の課題に向かって取り組んでいる中、私はいつまでも決めたテーマに向かって進まずうだうだと頭の中で漠然と考えていただけでした。卒業論文の提出日から逆算すればそんなだらけている暇はないと分かっていても、です。またこの「やらなかった」ことはゼミ内の論文以外の活動においても同様に言えます。夏のラジオ企画、「ハジラジ!」すら満足に統括も何もできませんでした。
 そして、いずれの事項においても私が最終的に取った手段は「放置」と「逃亡」です。やりたくない、目を背けたい、人から何か言われるのが怖い。何を考えても悪い方向に悪い方向にしか思考が向きません。そのため現実のやるべきことから目を背け、やらないままやり過ごそうとしたのです。そのツケが回ってきて、現在ではゼミの集まりに参加する事すらできません。
 他のみんなができていることをどうして自分はやらないのか。考える前に手を動かせと言われてもどうしても行動に移せません。また、逃げるたびに他のゼミ生からの信頼を失っていく視線の変化だけははっきりと感じ取ることが出来ます。そんなところにばかり敏感なのです。元々不器用なのに、他人に自分から積極的には相談せず、問題を解決できないのに溜めこんだ結果自業自得の状態に追い込まれてしまいます。「好きなことだけやってやるべきことをやらないのは良くない」と先日言われました。まったく正論です。今まで私に言われたこと全ては正論で、何も間違っていません。それでもその正論に向かって足を進めようという気持ちが起きないのです。少しでも行ってみようかと考えた瞬間に、その何倍もの負のエネルギーが頭を支配して、やはり何もできずに日々が過ぎてしまいます。
 春から就職、一人暮らしと初めてのことだらけです。このままではまた自分は仕事場でも同じ失敗をしてしまうでしょう。誰にも相談もできないまま、失敗を繰り返して積み上げて終わっていく。そんな未来は確かに訪れようとしています。なけなしのやる気を振り絞って今までより活用を始めたスケジュール帳でさえ、すぐに一部予定の達成状況が未達成のままになってしまっています。20年以上こんな状態なのです、取り戻すには同等の年月は必要になるでしょう。20年後が見ものです。
 もしこのブログをご覧の方に少しでも心当たりのある内容でしたら、私と同じ状況に陥りませんよう。何でも相談できて、話しやすくて、意見もしてくれる人を見つけてなるべくたくさん話すのがいいと思います。私にはついぞ自分から行くことができませんでした。ブログをご覧の方の中で同じような人が生まれてしまいませんよう。
 
 今回のブログ更新は〈コッコ〉でした。次回の更新はすぐそこ、担当は〈GABA〉です。どうぞお楽しみに。
 
posted by 長谷川ゼミ | 22:29 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
悩むことについて悩む
 こんにちは。本日のブログは〈わし〉がお送りします。
 長谷川ゼミ7期生が4月から交代でお送りしてきたこのブログも、十巡目にはいり、いよいよ最後の一巡となりました。どうぞ、最後までお付き合いください。

 ほかのゼミ生がブログに書いているように、1月22日に長谷川ゼミの口頭試問がおこなわれました。口頭試問では、自分の卒業論文に書いたことや、反省などを発表し、その後先生から質問と講評をいただきます。
 わたしは「ゲストハウスはどのような場なのか」というテーマで卒業論文を書きました。論文では、日本の戦後における旅行の歴史をさらったあと、実際に3軒のゲストハウスでフィールドワークをおこなった様子を報告し、それぞれを比較しました。
 わたしがゲストハウスを卒業論文の題材に選んだのは、じぶん自身が旅行するときや、そうでない時にも、ゲストハウスに宿泊するのが好きだからです。ほかにもいろいろな宿泊施設があるのに、なぜ好んでゲストハウスに泊まってしまうのか。そんな思いから、ゲストハウスを題材に設定しました。しかし、興味を持っていたテーマなのにも関わらず、わたしの卒論はいまいち納得のいかないものになってしまいました。口頭試問でいただいた講評も当然、それに見合った評価だったと思います。先生からいただいた講評は、「全体として淡白」だということです。卒論の中心でもあるフィールドワークの記述が薄く、観察も不十分だということでした。

 振り返ってみると、わたしの卒業論文は、おたくと呼ばれるゼミ生たちのように熱意あふれるものとも、いっぽうで自分の経験に基づいた本質に触れるようなものとも、どこか違うように思います。卒論のテーマを決める際、先生からは「必然性のあるもの」を選ぶよう言われており、自分自身もそうするべきだと考えていたにもかかわらず、わたしの卒論テーマはゼミのなかでももっとも必然性の薄いものになってしまっていたように感じました。
 しかし、自分がゲストハウスが好きで興味があり、さらに自分の経験にもとづいていることもまた、事実なのです。それなのになぜ、熱意をもって真摯に卒論に取り組むことができなかったのでしょう。
 その要因の一つに、自分の好きなものに対する責任感のなさが挙げられると思います。わたしは、自分自身の性質として、趣味や好きなものがころころと変わりやすいことを自覚しています。俳優に熱をあげていたかと思えば、すこしすれば今度は別のアイドルにキャーキャー言っている。基本的に長続きはしません。一時の楽しさのために足を踏み入れて、それが重荷になる前に離れていってしまいます。そしてそんな自分でも、まあよいだろうと受け入れてしまっています。
 なにかと真剣に向き合ってみよう、好きだから努力しよう、そういった態度を取ることができていないのです。だからこそ、ゲストハウスという存在にも責任と熱意をもって向き合うことができなかったのではないかと感じました。

 そのように、なにかと表面的な部分でしか向き合うことができないという性質は、自分自身と向き合う段になっても、発揮されてしまっているようでした。テーマを設定する段階でも、そこからの道のりでも、きちんと自分自身と向き合うことができなかったからこそ、うすっぺらな卒論ができてしまったのでしょう。
 口頭試問では先生から卒論を書いてみてどうだったかと聞かれ、わたしは納得がいくものではなかった、と答えました。それに対し先生からは、なぜここまででいいやとリミッターをかけてしまったのか、と繰り返し聞かれました。しかし、聞かれても聞かれても、しっくりとくる返事はできませんでした。そして最後に、そんなふうに、これでいいやと思わないようにするにはどうしたらいいのかを考えるべきだ、と指摘を受けました。口頭試問から少しばかり時間が経ちましたが、わたしは正直、未だにそのやり方やこたえがわかりません。どんなふうに考えてゆけばよいのでしょうか。なにかひとつのことついて、深く考えたことがないわたしに、それはとても難しいことのように思えました。
 先日、ゼミ生と会話しているとき「〈わし〉の悩みって聞いたことがない」と言われました。確かにそうだなと思いました。思えばいままで生きてきたなかで、友人や、親にすら悩みを話したことはまったくありません。それどころか、自分には悩みなどないとすら思えるのです。しかし改めて考えてみると、わたしには悩みがないというよりは、悩みにいたるまでものごとを深く考えていない、と言えるでしょう。
 わたしは、ひとまえではできるだけ弱さや苦しみ、努力を見せず、おもしろおかしく振る舞おう、というポリシーをもっています。実際にできているかどうかはわかりませんが、自分自身に言い聞かせるようにしています。そういう人間でありたいと思っているからです。けれどもこの態度は、自分を守るための手段にもなってしまっています。自分の欠点や本質的な悩みにどんどん厚塗りを繰り返して、それが自分にも見えないように、触れさせないようになってしまっていました。自分の考えを深く掘り下げることをせず、表面だけをみているから、わたしに悩みなんてないのです。
 そんなふうにふるまってきたため、どんなふうに悩んだらよいのか、わたしにはわかりません。自分の胸のつっかえから目をそらし、バリアをはってしまいます。しかしその代わり、なにかを乗り越えて成長するということも決してないのだと思います。

 悩みをもつということはきっと苦しくて辛く、傷つくことだとおもいます。それをみずから選ぶには、どうしたらいいのでしょう。どうやってリミッターを外し、傷つくことをおそれずに自分自身と向き合うことができるのか。悩むとは、どういうことなのでしょう。どうやって悩むのかを考えるのか、なんて、おかしな話です。今まで悩んだことも深く考えたこともまったくないため、どうやっていったらいいのか、まだまだわかりません。しかしこれが、卒業論文の執筆とゼミでの1年間をとおして見つけることができた、わたしの課題だと感じています。

 以上、本日のブログは〈わし〉が担当いたしました。次回のブログは〈コッコ〉が担当いたします。
posted by 長谷川ゼミ | 20:48 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
「勉強する」ということ
 みなさん、こんにちは。今回の担当は〈みぃちゃん〉です。最近はやっと冬らしい気候になってきました。雪の全く降らない静岡県で育ったわたしは、雪が降るとはしゃいでしまいます。しかし東京にいると交通機関が弱くはしゃいでいられませんね。
 今回のブログでは、卒業論文と口頭試問を振り返って書いていこうと思います。まず、卒業論文を提出した後は、自分はとんでもなくひどいものを提出してしまった、という気持ちが強くありました。わたしは「ふるさとになぜ惹かれるのか」ということをテーマに、旅行雑誌『旅』を題材として卒業論文を書きました。しかし、『旅』を扱うということを卒論提出1ヵ月前というギリギリに決めたこともあり、論文では『旅』に書かれている「ふるさと」のイメージを羅列するだけに留まってしまいました。また、「ふるさとに惹かれる」ということが前提で書かれていて、その一面的な見方でしか『旅』を捉えられていないのです。せっかく頑張ると決めてゼミに入り書いた論文なのに、その機会を無駄にしてしまったという大きな後悔でいっぱいでした。先生は卒論を読んで何を思うのだろう、口頭試問で何を言われるのだろう、そればかり気になり、後ろめたい気持ちになりました。
しかし提出から数日経ったとき、論文でやらなかった分、しっかりできなかった自分と向き合い、せめて口頭試問は精一杯取り組もうと思いました。それからは口頭試問へ向けて原稿を考え、ゼミ生に原稿を読むのを聞いてもらい、指摘を受けたことを直していきました。原稿を考えるたびに、論文において自分ができていないことにたくさん気づかされました。もっとこうすれば良かった、こう書けば良かったと何度も思いました。
論文に対する後悔のひとつは、上辺だけを何度もおっていて、その深い部分に触れることができていないことです。つまり、物事の上辺だけしか見ることができておらず、物事の核心に迫ることができていないのです。「ふるさと」が雑誌の中でどのように語られているのということだけ書かれていて、それが何なのかというところまで考えられていないのです。この上辺だけで深さがないという状態は、私自身の物事の捉え方と似ているような気がしました。論文がそのまま今のわたしを示しているように感じました。しかし、提出してしまったのだからもう変えようがありません。それをしっかりと受け止めて発表することが、わたしのすることなのだと言い聞かせ、原稿を書きました。
そして迎えた口頭試問。原稿を読み終えたわたしに先生は「勉強が足りない」「自分の中で考えただけで終わりにしている」という指摘をしてくださいました。わたしはすこしすっきりした気分になりました。わたしが上辺だけで深さがないと思っていたのは、勉強が足りないということだったのです。今までもやもやと感じていたものの、輪郭がはっきりとした感じがしました。せっかくテーマは8月という早い時期に決めることができたのに、それに安心してしまったのです。テーマと関連するような文献を読んでいてもそれから疑問を持てず、理解したような気になってそのまま次の文献を読むということをしてきました。またわたしは何か思いついたり興味を持ったりしてもそれだけで、それについて深く追求することをしてきませんでした。この、深く追求していくことこそが勉強なのだと気づきました。上辺だけでなんとなく考えてそれで分かった気になってしまう、物事を深く掘り下げて考えようとしない、そんなわたし自身のこれまでの態度が、論文にそのまま反映されていたのでした。
先生からの講評を終えたとき、わたしが最後の発表だったということもあり、とても寂しくなりました。もうこの口頭試問や今までの発表のように、先生やゼミ生からはっきりと自分のことに関して話してもらえる機会はないのです。このゼミや卒業論文を通して学んだことは一生忘れずにいよう、と思いました。わたしがゼミや卒業論文を通して学んだこと、気づいたことは、いかにわたしがわたし自身を甘やかしているかということです。物事を深く捉えること、勉強することを後回しにしたり遠ざけたりしてしまうのは、自分を甘やかしていた結果なのです。しかし、卒論の提出やゼミが終わってもわたしの人生は続いていきます。今後、自分自身にいかに厳しくできるか、自分自身をどうマネージメントできるかが、わたしが成長できる鍵になると思っています。口頭試問で先生は、「ゼミの中で〈みぃちゃん〉は細かいこともしっかりやってくれた。ゼミでそれができるのだから、自分自身に対してもできないはずがない」ともおっしゃっていました。こう言っていただいて、わたしは少し自分に自信がもてました。しっかり自分と向き合って、勉強して、これからも頑張ろうと思います。
 以上今回のブログは〈みぃちゃん〉が担当しました。このブログも、あと2か月ほどで次の代のゼミ生へ引き継ぐこととなります。時の流れを感じます。次回の担当は〈わし〉です。
posted by 長谷川ゼミ | 12:00 | 長谷川ゼミ(2015) | - | - |
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