明治学院大学 文学部芸術学科 芸術メディア系列のゼミです。
週に3回のペースで活動内容などを報告していきます!
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始めること
 みなさんこんにちは、本日は<かなこ>が担当する最後のブログとなります。最後のブログは何を書こうか、しばらく前からぼんやりと悩んでいたのですが、あまりピンとこないままここまできてしまいました。
 ここ数回のブログで何人かのゼミ生が卒業式について書いていましたが、私も少しだけ卒業式について書こうと思います。私はもともと涙もろいということもあり、小・中・高すべての卒業式で号泣していたことを覚えています。私の通っていた小学校はほとんどみんな同じ中学に進学するためお別れといった雰囲気でもなく、ほとんど泣いている人なんていなかったのに、6年間のことを思い返して1人で式中に泣いていました。お別れが悲しいからだけではなく、卒業式の雰囲気に感極まってしまうような感じです。しかし、大学の卒業式はまったく泣きませんでした。なぜだかは自分でもよくわからないのですが、久しぶりに会うような友人にたくさん会うことができて、お別れというよりは同窓会のようで、1日中とても懐かしいような楽しいような気分でした。
 
 卒業式当日はわいわい騒いでいたらあっという間に終わってしまったため、私は卒業式の次の日になって、4年間のことを思い返していました。実家を離れての生活や大学での日々は新しいことばかりで、毎日ワクワクしていた1年生。アルバイトで認めてもらいいろんな仕事に挑戦させてもらったり、韓国へ短期留学に行ったり、自分の興味のあることにたくさん触れることができた2年生。順風満帆だと思っていた大学生活が何か物足りなく感じるようになったけど、何故なのかがわからなかったり、就活へのモチベーションを上げることができず憂鬱な気分になったりとちょっと辛かった3年生。大変だったことの方が多いけど1年間様々なゼミ活動をして卒論を書いた4年生。ざっくりまとめるとこんなかんじだなと思い返しました。こうしてみてもわかるように、私の大学生活は、アルバイト・韓国語の勉強・ゼミ活動の3つに重きを置いていたと思います。

 こで思い出したのは「시작이 반이다」という韓国のことわざです。直訳すると「始まりは半分だ」という意味で、「始めが肝心」「始まりがよければ半分成ったも同様」「始めさえすれば半分は成就したも同じだ」などと解釈されています。初めてこのことわざを知ったときは、始めただけではダメだろう、そのあとどう頑張るかが大事だろうとあまり共感できなかったのですが、大学生活を振り返るとこのことわざの意味が少しだけわかったような気がします。アルバイトも韓国語の勉強もゼミも、これがやりたいという強い気持ちを持って自分から志願したり始めたりしたものでした。だから自分でこれがやりたい、こうなりたいといった目標を持って自分から動いて始めた物事は、ただ受け身になって行う物事よりも目標を持ち続け頑張ることができ、意味のある経験にできるのだろうと思いました。このことわざの解釈にある「成就」というのはよくわかりませんが、とにかく「始める」ことが大事なのだということはわかりました。例えば3年生のときの就職活動は「始める」というより「始まる」でした。やってきた就職活動の時期に合わせてなんとなく有名な企業にエントリーしてみるといったような就職活動はうまくいきませんでした。また、ワクワクしていたと書きましたが、ただめまぐるしくやってくる新しいことをなんとなく楽しんでいただけの1年生、この先自分はどうしたいのかをただ頭の中で考えていただけの3年生は、受け身になっていたということもあってか、あまり記憶に残っていないです。
 そして私は現在も就職活動を行っています。過去のブログで就活について触れていましたが、現在もまだ決まっておらず、4
月の入社は難しい状況です。しかし今は漠然とではありますがやりたいと思える仕事があり、その職種に就くことを目標にしています。大学生活の経験からすると「始める」ことが重要だと思うので、なんとかスタートラインにこぎつけるまでもう少し粘ってみようと思っています。しかし、現在就職活動を能動的に考えて工夫して行えているかというとそうではなく、ただなんとなく募集の出ている企業に応募して面接を受けている状態です。先ほど挙げたアルバイトや韓国語の勉強、ゼミなどは、始めることはそんなに難しくありませんでした。それぞれ行うことのできる環境が整っており、志願さえすれば受け入れてもらえ、全部が全部とは言いませんがある程度やるべきことを示してきてくれました。ですが就職は志願すれば始めることができるとは限らず、スタートラインに立つことが簡単ではないことを実感しています。だから、このままではまずいという危機感を持って、新卒の私に何ができるのかを自分で考えていかなければなりません。
 わりの友人たちはもう一週間後に迫った入社を目前に、期待や不安を口々にしていて、正直そんな友人たちの姿がうらやましく思うこともあります。うらやんだり焦ったりしても仕方がありませんが、これらの気持ちを糧に少しでも早くゼミのみんなにいい報告ができるよう、納得のいく就職ができるよう、頑張りたいと思います。
 
 最後のブログがまとまりのないものになってしまい申し訳ありません。しかし、これが私が現在考えていることということでブログに残したいと思います。1年間本当にお世話になった長谷川先生、院生の<まゆゆ>、学部生のみんな、そしてこのブログを通して温かく見守ってくださったみなさん、関わってきたすべての人にこの場を借りて感謝を伝えたいと思います。1年間本当にありがとうございました。
 
 次の更新は329日(日)、<まゆゆ>の最後のブログとなります。お楽しみに。
<かなこ>
posted by 長谷川ゼミ | 23:39 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
大人の世界へ一歩
 こんにちは、<バイク王>です。
 先日、卒業式を迎えました。ぶじに長いようであっという間だった4年間を終えることができました。4月からは新社会人として生きていかなければなりません。しかし、僕の中では未だに、本当に大学生生活が終わってしまったのかという気持ちです。これは、まだ大学生でいたいという現実を受け入れたくないというわがままではなく、あまりにもあっけなく卒業してしまった違和感から感じたものです。今回は卒業式で僕が感じた違和感についてすこしお話したいと思います。
 
 明治学院大学の卒業式は学校のチャペルで行われました。僕たち芸術学科は、英文学科、フランス文学科とともに文学部として式に参加しました。式の内容は主に、賛美歌や校歌を歌い、各学科代表者への卒業証書の授与、学長や学院長から式辞・祝辞をもらう、などのプログラムが進行し、1時間ほどで終わりました。
 式を終えて、僕はなんだかとてもあっけないなと感じると同時に大きな違和感をもちました。その違和感とは、僕たち学生は式の間、ひたすら「受け身」の状態であり、式に参加しているのに参加している気がまったくしなかったということです。ここで、賛美歌や校歌を歌ったのだから、ただ「受け身」でいたわけではないと思われる方もいるかと思いますが、その賛美歌や校歌もプログラムに組まれているものにすぎず、しかも在学中に数回しか聞かないものあれば、初めて聞くものもあったほどです。まともに歌うことができているような人はまわりを見渡してもほんの数人でした。
 では、なぜ「受け身」な卒業式に違和感を覚えたのか、それは小学校や中学校の卒業式と比べたときに、あまりにも卒業式の性格が異なっていたからです。思い返せば、小学校や中学校の卒業式は、卒業式当日に向けて何度も何度も練習を重ねていた覚えがあります。特に小学校の卒業式では、入場や整列の仕方、起立と礼をするタイミング、卒業証書を受け取り方など卒業式で行うことを一から十まであらゆることを教え込まれ、練習をしていました。さらに歌も国家斉唱や校歌だけでなく、いくつかの合唱曲を歌うことがあったので、それらを何度も練習していました。その練習は、プレ卒業式を完璧にこなすことができるようになるまでというほど徹底的なものです。そして、その後の中学校、高校においても、小学校のときほど徹底的なものではなかったのですが、起立や礼のタイミング、歌の練習などある程度の練習は必ず行われました。
 僕は今までこうした練習を何度も重ねて本番を迎える卒業式に「参加」してきたせいで、大学の「受け身」な卒業式に違和感をもってしまったのです。あまりにも「受け身」であったため、卒業式のはずが、スーツを着ていたこともあり、一瞬企業の説明会にいるような感覚になるほどでした。
 実際、小中高生のときと比べて人数も桁違いの大学が、逐一卒業式の練習を行うとは思いません。この「受け身」な卒業式こそ、大学の卒業式なのだと思います。そして、それと同時に「もう子どもではない」ということ言われているように感じました。小中高生のときは、僕たちはまだ子どもで、卒業式に関わらずなにをするにしてもまず先生や大人からやり方を一から教えてもらうのが当たり前でした。先ほどの小学校の卒業式のように、入場から退場までの流れを徹底的に教え込まれ、何度も練習をして、本番に臨んでいたことがまさに当てはまるかと思います。僕たちは大人にさまざまなこと、あらゆることを教えてもらい何度も練習することで、本番で失敗することを避けていたのでしょう。
 その一方で、大学の卒業式では、大人たちからなにも教えてもらっていません。練習もしていません。いわばぶっつけ本番です。つまり、もう僕たちは子どもとして見られておらず、大人として見られ、その世界に足を踏み入れてしまったということです。大人の世界に入ったら、一から十まで丁寧に教えてくれる人は誰もいません。そして、いつまでも「受け身」な状態でいると成長はできず、それを助けてくれる人はいないうえ、見捨てられていく一方です。さらに失敗したら自分で尻拭いをしなければなりません。今まで大人たちに守られ、失敗しても大人たちがなんとかしてくれていたのが一転、なにもかも自分自身でどうにかしていかなければいけない冷たい社会に放り込まれるのです。
 正直、僕はこの先、この冷たい社会で生きていくことができるのかとても不安です。なぜなら、「受け身」な状態から抜け出すことができなかったからです。僕は1年間、長谷川ゼミで活動して自分ひとりでは物事を考えることができない「受け身」な状態であるということを自覚することができました。それは、僕の卒論によくあらわれています。僕の卒論は長谷川先生をはじめ、ゼミ生、院生による多くの助けがなければ、書き上げることができなかったでしょう。そして、自分のダメさを自覚することができたおかげで、すこしだけ客観的に自分を見ることができ、謙虚になることができたと感じています。これらを自分の中に自覚させることができたのは1年間で得た非常に大きな成長です。しかし、僕は今現在この状態で止まってしまっています。まだ「受け身」な状態が多く残っているのです。
 自分のことを自覚できるようになったら、次はそれを社会でどう活かしていくかです。その手段を教えてくれる人はもちろんいません。なにもかも自分で切り開いていくためにも「受け身」を脱ぎ捨てながらこれからの長いたたかいを生き抜いていきます。
 今回にて、<バイク王>のブログは最後となります。今まで見てくださったみなさん、ありがとうございます。次回の更新は3月27日、担当は<かなこ>です。お楽しみに!

 
posted by 長谷川ゼミ | 23:40 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
すべてのところで通ずること
 こんにちは、今回のブログは<BB>が担当します。
 3月から、私は渋谷区に引っ越しました。大きなターミナル駅とカフェ・美容室・ブティックなどオシャレを売りとした駅の間に住み始めました。北海道の田舎から出てきた私からすると、それらの町は観光や買い物をする場所なのであって住む場所というイメージは持っていなかったのでなんだか不思議です。
 
 さて、今回は運転免許を取得するにあたって考えたことと、観劇や内定先の会社のインターンに参加して考えたことについてお伝えしたいと思います。
 以前のブログでお伝えしたとおり、私は自動車学校に通っていました。そして、先日無事に普通車の運転免許を取得しました。自動車学校では、交通ルールなどを教室で学ぶ学科と呼ばれる授業と、自動車学校の敷地内や公道を運転する実技という2つの種類の授業から構成されています。自動車学校によって設備や授業の内容に多少の差はあるようなのですが、私が通っていた自動車学校は、小中高校の時に使用していた勉強机と椅子が学科の授業を行う教室に置いてありました。この机を使用していた小中高校生の時には、それが学校の風景だとして何の疑問も持たずに暮らしていたのですが、私は高校を卒業してからこの机と椅子を使用していなかったので、その机と椅子を使用することに強い違和感を覚えました。おそらく私の中では、この机と椅子は小学生から高校生が使用するものというイメージがあるからなのかなと思いました。
 そのうちの学科の授業を受けているときに、この自動車学校の校風は私には合わないなと思う出来事がありました。私が通っていた自動車学校の学科の授業では、授業を行う教官はパワーポイントを使い、そのパワーポイントで映されている教本にアンダーラインを引きながら説明をします。生徒は、パワーポイントに映し出された箇所に沿って教本にアンダーラインを引き、メモを取るという方法で授業が行われていました。授業中の飲食や居眠りは禁止をされており、そのことはあらかじめ説明がされていました。ある授業で、生徒のうちの一人が教本に線を引いていないという理由で退出を命じられるという出来事がありました。そのことに私はとても驚きました。なぜなら、私は自動車学校には年齢や能力などが違う多種多様な人がいると思い、生徒は少なくとも義務教育過程は卒業したことになっているのだから、ひとそれぞれ自分に合った勉強の仕方を多少なりとも持っているのではないかと思ったからです。確かに、自動車を運転するということは歩いているときや自転車を運転するときよりもスピードがでることや、車体が大きく頑丈でもあるので、歩行者やほかの車両と事故を起こさないようにするためにさまざまな注意や技術が必要です。その危険予測の仕方や危険性、事故を起こさないための交通ルールを徹底的に覚えさせることが大切なことはわかります。しかし、私は免許を取得する際に学科の内容を覚えているということが一番優先されることであり、その勉強や覚え方のひとつのスタイルである教本に書き込むという方法を強制する理由がどこにあるのかと思ったからです。その注意を受けた人はあらかじめ禁止をされている居眠りをしていたわけでも、授業を妨害しているわけでもありません。その出来事に私はなぜそこまで強制されなければならないのかと思い、気持ち悪いとも思いました。私自身にも同じような出来事がありました。ある授業で教官はホワイトボードに書いたことを、その意味を説明する前に私たちに書き写させました。私はそのホワイトボードに書いてある文は抽象的であり、説明を受ける前のことだから、見てもなんのことかわかりませんでした。だから、この書いてある言葉に自分で補足をしなければならないのかなと思い、とにかく説明を受けてから書いた方がいいと思いました。その時に教官は私に向かって「書いていますか?」と聞いてきました。そこで私は、「いま噛み砕いていて、説明を受けてから書こうと思って」と答えたらそれ以上は何も言われませんでしたが、よくもわからず書けと言われたことを書くことがそこでやるべきことなのだとしたら、何も頭を使っていなく、自分が考えることや理解をするという行為を邪魔されている気がして気持ち悪いという違和感がありました。これが小学生や中学生の頃だったら何も違和感なく受け入れていたのかもしれませんが、割と自由に好きなことが学べる大学の雰囲気に慣れてしまった私にとって、久しぶりの小さい机や細かいことにうるさい教官が多いことにすごく窮屈に感じました。まだ、なにも考えられていないのですが、このことから小中高校の教育などのことを調べてみることや考えることが出てきそうだと思い、興味がわきました。
 免許を取得する過程では、公道で教習を行い運転の練習をするための仮免許を取るための筆記試験があります。そして、免許を取得する際の最後の試験も免許センターで受ける筆記の試験となります。その2つの試験の前には自動車学校では効果測定という学科の内容の理解テストがあります。私は仮免許を取得する際に、実際の試験は難しそうな気がして不安なので、勉強する時間を設けるために直近の試験日に受けないつもりでいました。普通車と普通二輪の免許を既に取得しており、よく自動車学校の話をする仲である<バイク王>や、普通車の免許を持っている<かなこ>から、簡単だから直近の試験に行ってきなよと背中を押してもらい、直近の試験を受けて受かりました。また、最終の試験のときも自動車学校の卒業試験である実技の試験に受かった次の日に、免許をとるための最終試験を受けに行こうか先延ばしにしようか迷いました。ちょうどその時は<まゆゆ>のブログを読んで、もし2日後にいったとしてもその2日間はただダラダラと過ごしてしまうだけだなと思い、次の日に試験を受けに行き、無事に免許を取得できました。結果発表の際は、受かっていたら電子掲示板に受験番号がでるのですが、放送や電子掲示板の光を動かしもったいぶっていたことや、試験を受けた手応えで自信があったこともあり、思っていたよりも緊張しました。思い返してみると、私は掲示板によって合格発表を見ること自体が初めての経験でした。高校入試や大学入試のときは、郵送やインターネットの画面を見て結果を知りました。
 今回の免許取得で、自分は<まゆゆ>のブログのタイトルでもあった『区切りをつけて「次」にいく』際に、期限を先延ばしにしてしようと考えてしまうことがあることがわかりました。その期限を先延ばしにすることによって作った時間を意味のあるものにできるのであればいいのですが、その期限を設定する際の見極めの大切さを感じました。
 
 また、先日部活の同期が部活の外の活動として人を集めて行った演劇公演を見に行きました。その公演はそこでは同期が台本を書き、演出をしており、それ以外の同期や後輩が役者として出ていました。私はその公演を見て、作者が本当に演劇が好きなんだなということがよく伝わってきて良かったと思いました。その台本では、なんで演劇をやっているのかわからないけれどもやってしまうという気持ちが飾ることなく伝えていたところが良かったと思いました。そして、それがちゃんと伝わっていることがすごいなと思いました。私は長谷川先生の授業でおこなった自己紹介ツールやデジタルストーリーテリングで自分や自分の切実なものについて考えました。ゼミに入ってからも自分の切実なものについて考えてきました。その公演の作者にとって、切実なものは演劇であり作者は演劇をしながら台本を書きながら、なぜ私は演劇をやっているのだろうと問いつづけながらやってきて、いまだに答えのようなものは出ないけれども考えつづけているということが伝わってきました。作者は自分で切実なことについてしっかりと考えてきたんだなと思い関心しました。また私はゼミに入ってから、自分が言いたいことを伝える難しさに直面し、言葉の運用能力を高めることが今後の課題でもあります。その私からみると、仮にどんなに切実に考えていることがあったとしても残念ながらうまく伝わらないということがあると思います。しかし、今回の舞台では考えていることがちゃんと伝わってくることもまたすごいなと思いました。その公演の全てがこの人は本当に演劇が好きなんだなということがよく伝わってきました。また、飾ろうとしないで自分に正直に向きあって作ったことがすごく伝わってきたことによって作者の人となりが出ており、作者のことをすごく純粋でいい人なんだなと思い、作者の新たな部分を発見しました。少し話が戻ってしまうのですが、自動車学校には年齢や能力などが違う多種多様な人がいると思うということを述べました。そこで、教官のなかには受講生がどのような状態なのかなど、相手のことを見ていない人がいました。そのようなときに、相手のことを少しでも見てくれたら事がスムーズに進むのになあと私は思いながら対応していました。私自身もゼミに入ってから相手のことを見るということを学びましたが、まだまだ相手のことを見ることができていないのだと思います。今回の観劇も、劇場という空間で公演されるものに注目してみていたから作者の新たな部分を知ることができたのであって、その部分は私が作者との今までの交流のなかではみていなかった部分なのだろうと思いました。
 
 そして先日、内定先のインターンもありました。そこでは、入社後に行う予定の業務を体験しました。そこでは私が卒論を書く過程で学んだ、ひとまず形にしてみてから肉付けや削るなどの改善していけばいいということが当たり前に行われていました。卒論では、資料を読んだらレジュメや論文の本体をひとまず書いてみて自分の理解している内容を可視化するということが大切でした。私はその大切さを卒論の執筆で知りましたが、それは卒論に限ったことではなくそれ以外のところでも行われていました。また、その会社内ですごく仕事ができる先輩と会社の行事で夏から幾度かお会いしていました。その先輩は、私の社会にまだ出ていないという立場をわかった上で、私が求めていないにも関わらず私に必要な情報を教えてくれました。しかも、その先輩は私から見ると「この子にはこれを教えてあげよう」とあえて考えて行っているのではなく、そんなことをいちいち考えなくても常に人に何かを与え続けている人なのだろうなと思いました。その様子をみて、その先輩が仕事ができることがわかる気がしました。その先輩はちゃんと人のことを見て向き合っており、人といい関係を築けるのだろうなと思いました。また、インターン中に別の上司に仕事を実際にやってみてどうかと聞かれて、私は自分の現状と課題と対策を述べました。例えば、私は電話でアポイントをとっていることに関して、先輩たちの話はストーリーのように流暢な説明になっているけれども、私のは断片でしか説明ができていないことが課題で、自分の言葉で説明ができていないのだと思うということを述べました。すると上司から、私がこれから行う仕事は私が先ほど述べたような常に課題を自分で考えながらやっていくことが大切だと教えてもらいました。この一年で学んだことは、ゼミ以外の場所に行く機会が増え始めたことによって、ゼミだけのことではなく、全てのことどんな環境でも通ずることなんだなと様々なことを経験する度に思いました。今年学んだことを伸ばすために、様々なことを感じ取り考えながら生活していこうと思います。
 
 次回の更新は<田代>で、317日(火)です。お楽しみに。
 <BB
 
 
 
posted by 長谷川ゼミ | 11:48 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
”<ゆみ>ちゃんすごい!大国”を抜け出すために
 お久しぶりです、<ゆみ>です。わたしの近況報告をしますと、今まで暮らしていた一人暮らしの家を出て埼玉にある実家まで戻ってきました。約4年ぶりの実家での生活は、一人暮らしで好き放題やっていたわたしにとってはなかなか息苦しく感じます。わたしは一人暮らしに憧れていた高校生のときに、実家のことを「監獄だ」とつくづく思っていました。口うるさい両親の悪口を紙に書いては破って捨てる、ということを毎日のように繰り返していたほどです。一人暮らしを始めたときは、このことについて相当子供じみたことをやっていたなと一度は反省しましたが、再び実家で暮らしてみると「就活はどうなんだ」「こんな会社はダメだ、もっといい会社はないのか」「将来はいい旦那さん見つけなきゃなんだから、もっとキレイになりなさい」など、相変わらずの両親の口うるささにまたもや嫌気が差し「再一人暮らし計画」を練りはじめたところです。「再一人暮らし計画」と並行して、今までやってこなかった就職活動に本腰を入れ始めたり、たるんだ精神と体を引き締めるために筋トレをはじめてみたりと、迷走しつつもいろいろなことに精を出しています。

 さて今回は、就職活動を通して感じた私の問題についてお話しようと思います。上でも少し触れましたが、現在私はほぼ毎日就職活動をしています。今年の4月の入社を目標にしているので、残された時間はほとんどありません。しかし困ったことに、そもそも2015年卒の学生を募集している企業がもうかなり限られており、企業の選択肢が少なくなっています。せっかくこの1年間いろいろなことを勉強してきていざ就職だ!と意気込んでいたのですが、新卒一括採用の冷たさを味わい少々暗い気持ちになっていました。それでも限られた企業の中で就職活動を続けているのですが、私自身がその会社で働きたいと思えないことも大きな問題だと思っています。4月に入社することを最優先に考えると、この時期に企業の選り好みをしている場合ではないのかもしれませんが、会社説明会の段階で選考辞退することもあります。例えば先日参加した説明会では、「夢をもつことが大事だ」「ハッピーになるためには夢が必要なんだ」と、やたらと抽象的な「夢」や「幸せ」を語っていました。この1年間わずかではありますが勉強をしてきた私にとって、このような「夢」や「幸せ」という言葉はあまりにもチープなものに感じました。会社の方針として「夢」や「幸せ」という建前を掲げてはいるものの、実際にそこで働いている人たちが何かを具体的にしているわけではどうやらないようで、ただ茫漠として「夢」を語り、「夢のためには我慢が必要だ」「夢のためになら頑張れる」と、労働条件に対する自らの不満を覆い隠そうとしているかのようにも見えました。
 また別の会社説明会では、人事の方に本は読むか?と問いかけられました。わたしが卒論に必要な文献や新書はよく読んでいましたと答えると、人事の方は「ちがうちがう、そういうのじゃなくて自己啓発本。役に立つ本のことだよ」と少々怪訝そうな顔をしました。話を聞くと、最近の学生はビジネス書を読んで勉強しようという姿勢や意欲が足りない、とのことでした。わたしは卒業論文で「マニュアル」を批判する立場をとっていたので、ビジネスをいわゆる「成功」に導こうとするビジネス書を褒めたたえるような考え方を、正直くだらない、大きなお世話だと思ってしまい、これら2社の会社の選考に進むことを断念しました。他にも「勝ち組になりたいでしょ?」と問いかけてくる会社や、「リーダーシップがないやつは総じてダメだ」と意気揚々と語る人事など数えればきりがないですが、なんにせよ、そのような企業にはどうしても入りたくないと自ら拒絶してしまいます。先述の通り、今の時期に2015年卒の新卒採用を行っている企業の数も少ないですが、このように自分自身でもさらに受ける企業の数を絞ってしまっているのです。これは私の悪いところでもあるのですが、すこしでもその会社で働く人が自分の考えにそぐわないことを発言すると、すぐにその人のこともその人の働く企業のことも見下し拒絶してしまうのです。ものごとを上下関係で見てしまうわたしのどうしようもない癖は、ダメだとわかっていながらもなかなか抜け出すことができないのです。
 もちろん、すべての企業が嫌だというわけではありません。中には会社の目標を具体的に熱く語ってくださり、社員の方の考え方や仕事に対する価値観に共感できるような企業もありました。また、人の話を熱心に聞いてくれ、わたしの1年間してきたことに関心をもってくれるような会社もありました。しかし今度は、人事の方や社長の「<ゆみ>さんはすごいよ、こんなに頑張っている学生なんていないよ」という言葉に酔いしれて、「そうだろう、わたしすごいでしょ」と慢心してしまうのです。人から褒められるたびに、選考が進むたびに、内定をいただくたびに、わたしに興味をもってくださった人や企業への感謝よりも、「わたしってすごい」というどうしようもない自己愛が先行してしまうのです。
 結局わたしは、この1年間を通して一度だって謙虚な姿勢になれませんでした。「そうだ、わたしはすごいんだぞ」「もっと褒めて」「こんなにすごいわたしを認めて」というわたしから一歩抜け出すことが、なぜここまでできないのでしょうか。ついにわたしはこの、“<ゆみ>ちゃんすごい!大国”を壊すことができないままこの1年間を終えようとしています。この“<ゆみ>ちゃんすごい!大国”とは、自分を肯定してくれるような集団の中にわざと身を置き安住する私の態度のことを表したことばです。わたしはこの大国を今になっても壊せないどころか、誇りをもって活動してきたこのゼミ活動や、誇りをもって書きあげた卒業論文でさえも“<ゆみ>ちゃんすごい!大国”維持の道具に使っている気さえします。そんなくだらないことにわたしの1年間積み上げてきたことを吸収されてしまうのは絶対にいやです。しかし、一瞬でも気を抜くとすぐに「すごいでしょ」と卒論を得意げに見せびらかそうとする自分もいます。
 ものごとを上下関係で見てしまう問題や、“<ゆみ>ちゃんすごい!大国”に安住し続けてしまう問題をここまで残してしまったことは、非常に残念なことだと思っています。特にものごとを上下関係で見てしまう問題に関しては、自分なりに改善しようとゼミ活動の中で常に意識してきたことであります。それでも、直りませんでした。ここまで根付いてしまっているのはなぜなのでしょうか。もしかしたら、自分ではもうどうしようもない問題なのかもしれません。それでも、直らなくても、これらの問題はわたしが生きていく中で常に意識していかなければならないことでしょう。確かにこの態度は1年間を通して直りはしなかったですが、自分自身でこの態度に疑問を持つことができるようになったことは私の大きな成長であるはずです。今は自分ができる限りのことを頑張っていくということしか言えないのですが、いずれまた自分を見つめ直したときに少しでもこの現状から抜け出せていればいいなと思います。
 今のわたしの目標はとにかく、自分の納得のいくまで就職活動を続け、4月から働きたいと思える会社を見つけることです。まずはこれら目の前のこととしっかりと向き合い、卒業を迎えたいと思います。
 
 最後に、告知です。すでにこの前の記事でも告知してありますが、ふりかえり班のアーカイブページ東京ディズニーシー音マップのページを公開しました。音マップは<バイク王>、アーカイブページは<ぐっち>が中心となって、ゼミ生同士協力し合いようやく完成させることができました。是非、ご覧くださいね。
 
 今回のブログは以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。次回の更新は315日(日)、<BB>が担当します。お楽しみに。
 
 
 
<ゆみ>
 
posted by 長谷川ゼミ | 15:01 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
「音マップ」・「アーカイブ」完成!
 2015年2月2日に行われた「東京ディズニーシー音マップ」のWebサイト(http://hajimedia.net/04disney.html)が完成しました。昨年の9月に行った「東京ディズニーランド音マップ」の反省を活かし、さまざまな改善を行い調査に臨みました。 
 そして、長らくお待たせしました。長谷川先生の授業でつくっている「自己紹介ツール」「本ではない本」の作品をまとめたアーカイブページ(http://hajimedia.net/02ws.html)も完成しました。このページでは、2013・2014年度分の「自己紹介ツール」と2012・2013年度分の「本ではない本」を掲載しています。
 どちらも楽しみながらご覧ください。

 
posted by 長谷川ゼミ | 11:33 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
余計なことを考えすぎないためには
 こんにちは、本日のブログは<ぐっち>が担当します。先日、大学の卒業者発表があり、無事に卒業できることがわかりました。小学生から続いていた「学生」という期間がいよいよ終わるのかと思うと寂しく思います。また、大学1年生の夏からずっと続けていたバイト先にも先日、3月末で辞めることを告げ、4月から新しい環境に身を置くことになる予定です。とはいっても、まだ就職先が決まっているわけではなく、現在も就活中です。奨学金の返済も4月からはじまるので少し焦ってはいますが、前向きに取り組んでいきたいと思います。

 さて、今回は昨年の春学期に立ち上がったプロジェクトであるふりかえり班の活動を通して考えたことについてお話させていただきます。
 ここで改めてふりかえり班について説明させていただきます。ふりかえり班とは芸術メディア論特別演習の授業内で行われた夏季集中講義のお手伝いをする集中講義班と同時期に始動したプロジェクトで、メンバーは私と<かなこ><BB>の3人です。このプロジェクトの取り組みは2つあり、1つは私たちが今まで受講してきた長谷川先生の講義を自分たちの視点でふりかえり、作品をつくることです。この取り組みに至った理由は4年生になって改めてふりかえることによって今まで別々に捉えていた授業の繋がりが見え、今後のゼミの活動に繋がるのではないかと思ったからです。ゼミ生全員で授業のふりかえりを行い、わかったことを1つの作品にまとめ、制作しました。詳しくはこちらのふりかえり作品のページをご覧下さい。
 もうひとつの取り組みは長谷川先生の授業内で制作された作品をまとめたアーカイブページをつくることです。そして、先日ようやく長谷川先生にアーカイブページのデータを提出することができました。前回のブログでも書いているのですが、卒業旅行先で先生に確認をしていただいたときには、ページの説明部分の文章が不親切で誰に対して説明しているのかわからないという課題が残りました。これは物事を取り組む上で、ひとつひとつの意味や目的を考えきれていないからだと先生はおっしゃっていました。<バイク王>がチーフを務める音マップのデータを確認する際にもやはり同じようなことを言われていて、どちらもチーフを中心に全員で取り組んでいたにも関わらず、意味や目的を考えていないという指摘されるレベルが夏頃からあまり変わっていなく、少し落ち込んでしまいました。
 旅行後に先生からメーリスがあったのですが、自分たちの行っている作業に意味づけをせず何事も受け身になってしまっていると書いてありました。社会では今回のように再提出のチャンスを何度ももらうことができません。一度プロジェクトに失敗してしまえば、その時点で上司や取引先などから信頼を失ってしまい次の仕事がなくなってしまうこともあります。きっと社会は私の想像よりもはるかに厳しいところなのだと思います。
 再提出までに修正した点はトップページの説明文と自己紹介ツール、本ではない本の説明文の3箇所です。修正するまでの文章はどちらかというとゼミ生目線になっている部分が多く、芸術学科が4系列にわかれていることなどが前提として書かれていました。あくまでページをみる人は何も知らない人だということを意識し、自己紹介ツールや本ではない本も作品の説明だけでなく、作品をつくるまでの流れを細かく書き加えました。
 社会では何度も失敗が許されるほど甘くないをいうことを考えると、すごく今更なのですが、失敗は学生のうちにたくさん経験しておくべきだなと思います。私は今まで、何かに挑戦するという機会に直面したことがほとんどありません。挑戦を挑戦と捉えていないからなのか、過去にあったけど忘れてしまっているのかわかりませんが、恐らくゼミの活動が私の中でもっとも挑戦に近いかたちなのだと思います。もちろん失敗するよりも成功するに越したことはないのですが、何かに失敗してもその反省を次活かすことができればそれで良いのではないでしょうか。
 そのことをアーカイブページの文章を書いているときに考えたのですが、もっと色々なことに挑戦することができたのではないかと思え、これで学生生活が終わるのは勿体無く感じます。たとえば、ゼミの活動を思い返すとテクスト講読の類いは特に、もっと先生に色々と考えたことを言ったり、質問したりしても良かったのではないかと思います。4月、5月に行っていた先生の著書である「アトラクションの日常」(河出書房新社、2009年)の講読では、本来毎週のゼミで、講読を通して出てきた疑問点や考えたことを報告するはずが、今週はここまでをやりましたという報告だけで終わっているときがほとんどでした。わかったことが少なすぎて何を質問すればいいのかわからなかったこともありますが、私の場合自分の考えていることが間違っていたらどうしようと否定されるのを避けてしまっていた面があります。
 考えを否定されるのが全て失敗という訳ではありませんが、要は何かを否定されたり、指摘されたりといったことを考えすぎていては自分にとってプラスにはならないと思います。私はゼミに限らず何かを取りくむにあたって、物事に対する意味や目的は一切考えずに、さほど考える必要がない自分の発言に対する相手の反応など結果をごちゃごちゃ考えすぎてしまっている気がします。
 ただ、この余計なことを考えすぎてしまう癖に関しては、全く気がついていなかったわけではなく、前々から改善していきたいと思っていることです。そのためにはなるべく、考えすぎないように前向きでいるように試みてはいるのですが、今の時点でそんなに改善された気はしません。それはきっと、否定されたり怒られたりすることをただネガティブに捉えてしまっていたからであり、何より先ほど述べた物事に対する意味や目的を考えるという視点がなかったからだと思います。
このプロジェクトは誰に対して、どのような目的なのかを考える視点を持って取り組めば、今までのように与えられた仕事をただこなそうとしている結果にはならないのではないかと思います。そして、この視点を持ってきちんと考えることができれば、今までのように後先の不安にかられることもなく、指摘を受けたとしてもポジティブに受け取ることができるはずです。

 旅行からの再提出までの数週間、私はこれらのことを意識してゼミ生や院生の<まゆゆ>に何度も一緒に文章を考えてもらいました。この数週間はゼミとして集まった回数はそんなに多くはなかったのですが、以前よりもアーカイブページの目的が明確になった気がします。明確になったというのは先生からのメールの内容にもあったように今までの受け身の状態から、自分たちで頭を使うことで、もっと文章をわかりやすくしようと試み、抜け出すことができたのだと思います。集まるたびに文章が改善されていくのがわかり、提出時には達成感がありました。私がチーフとして至らないことも多々あり、プロジェクトの完了までに半年近くかかってしまいましたが、ここまでにかかった期間が、自分たちの力量の表れでもあります。そのことをしっかりと受け止めこれからも、考える視点を意識していきます。

 本日のブログは以上です。アーカイブページはこちらからご覧下さい。次回は3月13日更新で、担当は<ゆみ>です。お楽しみに。

<ぐっち>





posted by 長谷川ゼミ | 00:13 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
区切りを設けて「次」に行く

 こんにちは。<まゆゆ>です。

 今回は大学院やアルバイトに関して考えたことから、区切りを付けて「次」に行くことについて書いていこうと思います。

 

 最初に、私事ですが、4月から働く会社が決定しました。新しい環境に身を投じていくのは楽しみですが、同時に今まで続けていたアルバイトを3月一杯で辞めなければならなくなりました。私はとあるコーヒーチェーン店でアルバイトをしており、いまでも週に23回、それぞれ7時間程度のシフトに入っています。このアルバイトを始めたのは学部1年生の頃なので、もう5年半も在籍していることになりました。店舗のアルバイトの中でも古株になったのですが、3月で辞めなければならないので寂しく感じています。

 しかし、アルバイトを辞めるにあたって寂しさ以上に感じていることがあります。それは、5年半もアルバイトを続けてきたにもかかわらず、できないことが未だに多いということです。たとえば、私はやらなければならないことが一度に押し寄せると思考停止に陥る癖があります。このためフードやドリンクの注文が一度に入った時、焦りの余り仕事が雑になることが未だにあります。また目の前の自分の仕事に集中するあまり、同時にシフトに入っている他の店員がどのような動きをしているか把握することがおろそかになり、結果的に全体の仕事が進んでいないということが後で明らかになることもよくあります。そして人付き合いが苦手で、アルバイト同士で喋ったりすることもあるものの、仕事をするための良い雰囲気を自分から作ることは結局できなかったと感じています。

 このようなことを、最近シフトを終えた後に反省するようになったのですが、5年半も仕事を続けてもできないことが多いと思い、落ち込むことが多くなってきました。逆にこれらのことを完璧にこなすことができたら、それは超人のようで、ロボットみたいだと思います。ですから、それらのできないことを完璧にできるようになりたいと思っているわけではありません。しかし反省しながら思うのは、長い時間をかけても、自分ができるようになることは、思い描いているよりは少ないということです。いつでも理想が先行するため、理想に追いつけない自分を思い知った時に落胆してしまいます。このため4月から働く会社が決まったのは嬉しいのですが、アルバイトを3月で辞めなければならないのは寂しい以上に苦しく、様々なことができない自分のまま店舗を去らなければならないのが嫌で仕方がないと思っています。

 

 以上のことはアルバイトに関して思っていたことでしたが、それは大学院でも同じでした。もちろんアルバイトと大学院での経験は異質なものですが、不思議なことに、論文を書いていたときの反省と、アルバイトの反省は共通しているのです。アルバイトで注文が一気に押し寄せた時のように、私は論文で考えなければならないことが大量に出てくると思考停止していました。また、その時々に執筆している章のことしか考えられず、論文全体の構成を考えることがおろそかになっていたのは、アルバイトで他の店員の動きを把握しきれない自分と共通しています。論文は本当に不思議なもので、自分のあり方がすべて反映されてしまうのだと、改めて思いました。

 このような反省があったため、修士論文を書いている時から、自分のできないことがあまりに多いことを実感して、落ち込むことが多くありました。それでも修士論文には締め切りがあり、提出しなければなりません。そのように反省の多い中で修士論文を提出しなければならないことは、自分にとっては残酷なことに思えていました。

 実は、私は実際に、昨年の11月頃、修士論文の提出を半年伸ばしたいと長谷川先生に相談していました。それは、田村ゆかりのファンがどのように自らの差異化を図っているか明らかにするために、2ちゃんねる田村ゆかりスレッドを読んでいたのですが、修士論文を提出するまでにそれらをすべて読み切ることが不可能になっていたからでした。締め切りを延ばすことができれば、2ちゃんねる田村ゆかりスレッドをすべて読むことができるのではないかと思っていたのです。そのような状況に陥ったのは自分のスケジュール管理の甘さが原因ではありますが、自分のできないことを埋め合わせるために、提出期限を延長したいと考えていました。

 そのとき長谷川先生から次のようなことを言われました。大学院生の中には、いつまでも卒業しない人がいるそうです。そのような人は体調を崩して論文が書けずに在籍期間が長くなるのではなく、論文をもっとよくできるはずだと信じ続けてしまうのだといいます。そのため論文をいつまでも完成させることができず、締め切りを先延ばし続け、提出しないのだそうです。先生によれば、そのような人はいつまでも自分の反省を受け入れることができず、成長できなくなってしまうのだといいます。だからどんなにボロボロだと思っても論文を締切までに書いて提出し、反省すべきことを反省することが大事なのだと言われました。そのような助言を受けて、私は修士論文の提出期限を延ばさず、期間内に読める限りのスレッドを読み、予定通り20151月に提出することを決めたのでした。

 先生が話していた、締め切りを決めて伸ばさないことが大事だという話は、修士論文に関する話でした。しかし大学院のことは勿論として、今はアルバイトも同じことのように思えます。先述のように、私は5年半アルバイトを続けてきましたが、未だにできないことも多々あります。しかし逆に言えば、5年半続けたからこそできないことが分かるくらいにまで仕事ができるようになっているのかもしれません。そうであれば、3月でアルバイトを辞めることにはなりますが、それまでの反省を抱えつつ、4月からの仕事に向かっていくことが、自分の今後につながっていくのかもしれません。

 

 学部生の時までは、このような締め切りや区切りは学校が勝手に作ってくれるもののように感じていました。小学校は6年間で終えて、当然のように中学校に上がっていく、というようにです。しかし、これからはそうはいきません。自分で区切りをつけ、反省し、「次」を作り出して向かっていかなければなりません。

 そう考えると、大学院に進学するということは、学部4年生のときに私が人生で初めて自分で設けた「次」でした。自分は本当に不甲斐ないと、ブログや振り返り文を書いていて思い続けて来ましたが、そんな風に自分を反省したのは人生で初めてのことでした。開き直るようではありますが、こういったことを反省としてとらえられることが、「次」に向かっていく今は重要なのかもしれないと思っています。そして、それをどのように「次」につなげていくか、反省を基に「次」をどのように作っていくかが大事なのだと思います。

 

 現状、私は4月から働く会社が決定し、「次」に行くことが決まっています。そのために、3月で大学院のことも、ゼミのことも、アルバイトのことも区切りを付けなければなりません。ゼミのことに関して言えば、区切りを付けるために、今進めているプロジェクトをしっかり終えていきたいと思っています。大学院生としてできることは少ないかもしれません。しかし、アルバイトにおいても人付き合いが苦手と感じている私にとって、どのようにゼミ生の力になれるか最後まで考え抜くことは大事なことだと思っています。そういったことも含めて、3月までに終えることをしっかり終えて、自分で区切りを作っていきたいと思います。
 
 
次回の更新は38日、<貝嶋>が担当します。お楽しみに。

 
 
 

<まゆゆ>

posted by 長谷川ゼミ | 23:59 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
旅行を通して
 みなさんこんにちは。長谷川ゼミの「マンネ」<かなこ>です。「マンネ」とは韓国語で、直訳すると「末っ子」という意味なのですが、実際の兄弟間のみではなく他人同士のグループの中でも一番年下の人が、同い年であっても誕生日が一番遅い人が「マンネ」と呼ばれます。反対に年上の人に対しては「オッパ(お兄さん)」「オンニ(お姉さん)」と呼ぶなど、親しい間柄では家族と同様の呼び方をするのです。年功序列を重視する韓国の習慣によるものでもありますが、この呼び方に表れているように韓国の人たちは友達になると家族のように親しく接しているように感じます。アイドルグループの中でも一番年下のメンバーは「マンネ」と呼ばれるのですが、「マンネ」であるというだけで他のメンバーから無条件に可愛がられたり、使いっぱしりにされたりしており、おもしろいなと思います。私はゼミ生の中で最も誕生日が遅いため長谷川ゼミの「マンネ」です。先日誕生日を迎えたことを機に、ゼミ内で私が「マンネ」らしかったことはあったかなと思い返してみたのですが、ゼミ生のあいだで私が「マンネ」的なポジションになったことはほとんどありませんでした。ふざけて「末っ子長男」とゼミ生から呼ばれていた<バイク王>が、「マンネ」的なポジションだったように思います。考えてみると<バイク王>が少しうらやましいようにも感じます。もうすぐゼミも終わりに近づいているので、この場を借りて私が「マンネ」だということを主張してみました。
 

 さて、本日のブログではゼミ旅行のアテンドと、その前後に行った旅行と関連して考えたことについてお話したいと思います。
 まずゼミ旅行についてです。旅行の内容については、これまでこのブログで何人かのゼミ生がお話してきましたので割愛します。前回の私のブログはゼミ旅行の直前に書いたもので、私が旅行係のチーフとして準備段階でどのようなことをしているのかや、反省点などをお話しました。そこで今回のブログでは主に旅行当日のことについてお話します。
 私はこの旅行で2つの目標を掲げていました。1つは全体の流れを把握し進行すること、もう1つはみんなが気楽に楽しめる旅行にすることでした。
 全体の流れを把握し進行するというのは、チーフとしては当たり前かもしれませんが、みんなの前に立って動きスケジュールを押し進めるということです。普段の私はこれが苦手で、なんとなくその場の流れに身を任せてしまうことが多いのですが、今回は私がそのような態度では旅行のスケジュールは進みません。また夏合宿でチーフを務めた際、移動などの場で私は、「みんな先にどうぞ」といった態度をとってしまっており、先生から「チーフが先に立って行かなきゃ」と喝を入れていただいたことがありました。これらのことから今回は私が先頭に立ってスケジュールを進めるということを念頭に置くようにしました。そうすることによって他のみんなが気を使わず楽に旅行を楽しむことができたらいいなと考えていました。これらの目標をつねに意識していた成果もあってか、この2つの目標はまずまず達成できたのではないかと思っています。みんなの先頭に立って動くようにしたり、普段の私だったら「どっちでもいいやー」と優柔不断になってしまうような場面でどうするのが良いかを考え決断したりするようにしましたもちろん他のゼミ生たちの協力のおかげでできたことであり、たくさん助けてもらった場面もあり、感謝しています。旅行が終わった後に先生からは「アテンドをしっかりしてくれてよかった」といっていただき、ゼミ生からも「消費者のように旅行を楽しめた」と言ってもらえました。消費者のような態度はゼミの旅行には相応しくないかもしれませんが、ある意味では私の目標にしていたことがうまくできていたということだと思うので、こう言ってもらったときは正直嬉しい気持ちになりました。
 そして実は、プライベートで行った旅行でこのゼミ旅行の予習と復習をちょっとだけしていました。ゼミ旅行の1週間ほど前に私は友人と3人で台湾に旅行に行きました。もともと旅行や移動手段の手配を私が代表して行っていたことや、現地に住む私の友人に会う予定があったこともあり、旅行の計画や進行を私が中心となり行っていました。友人が行きたいと挙げていた場所を、いつどのように行くのがいいのかなどを考え予定を組み、当日もスムーズにまわれるように考えて行動するよう心がけました。この旅行での経験からゼミ旅行に向けて何かを学べたというほどではないのですが、自分が前に立ってアテンドすることに自信をつけることができ、それがゼミ旅行でも活かされていたのではないかと感じています。
 そしてゼミ旅行の約1週間後には、友人と2
人でイタリア旅行に行きました。この旅行は旅行会社による添乗員つきのツアーで、いくつかの都市を他の参加者と一緒にまわるものでした。この旅行で私は添乗員さんの案内に身を任せ、完全に消費者の態度で過ごしていたのですが、ゼミ旅行の経験もあってか、自然と添乗員さんの動向に目がいき、添乗員さんを見ながら自分のゼミ旅行での様子を振り返っていました。もちろん添乗員さんはプロであり、客を相手にした仕事のため立場も異なるのですが、添乗員さんを見ることによって、自分のよかった点や改善点を見つけることができました。特にすごいなと思ったところは、添乗員さんはいつも先頭に立ってサクサクと行動していているにもかかわらず、細かいところまで参加者11人を常に気にかけてくれていたところです。しかも参加者は40人以上もいたにもかかわらずです。ここで私は、自分も含め9人だけのゼミ旅行でさえ、とにかく前に立って行動することを意識するあまりに、11人に気を配ることができていなかったことに気づきました。自分のことですぐいっぱいいっぱいになってしまう私には到底難しいことのように感じますが、それでも以前は本当に自分のことしか考えていなかった私も、少しずつ相手のことや全体のことを考えることができるようになったと思います。そのためこれからも意識して行動を続けていれば、細かいところまで気を利かせることができるようになるかもしれないと思うようにして頑張ろうと思います。こうしてゼミ旅行や友人との旅行を通して感じたことを今後どう活かしていくかは具体的に考えられていないのですが、これから自分がリーダーシップをとる機会が訪れたときに活かせるようにしたいです。
 
 本日のブログはここまでです。次回の更新は
36日、<まゆゆ>が担当します。
<かなこ>
posted by 長谷川ゼミ | 02:22 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
社会人への道
 みなさん、こんにちは。今回のブログは、<バイク王>が担当します。
 
 今回のブログは卒業旅行後に僕が行っていたことについて書きたいと思います。僕は、卒業旅行をぶじ終えた後、就職活動に励んでいました。
 僕の学年は、一昨年の12月に就活が解禁になり、去年の1月〜3月の春休み期間にいろいろな企業をまわって就活を行っていました。しかし、どこの企業を志望しても、書類選考で落とされたり、集団面接や一次面接などの選考の初期段階ともいえるところで落とされてばかりでした。その後、ゼミの活動が本格的にはじまり、就活とゼミの両立が難しいと判断し、就活をやめてしまいました。そして、卒論を提出してから再スタートを切るような形となりました。僕が就活を再スタートしたのは、大学の友人からある人材派遣系企業が行っている就職斡旋サービスを紹介してもらったのがきっかけでした。その企業は友人の内定先でもあり、路頭に迷っている僕に話を持ちかけてくれたのです。
 さっそくその企業の社員の方と面接を行い、僕にあった会社を見つけてくれることになりました。そこで簡単なアンケートを書くよう言われました。そのアンケートの内容は、過去の学生時代にがんばってきたことや企業選びでこれだけはゆずれないことなどでした。学生時代に体育祭の実行員やボランティア活動、グループのリーダーを努めるなどがんばってきたことは、それなりにいろいろやっていたので、具体的にスラスラと書くことができたのですが、企業選びでこれだけはゆずれないことはまったく書くことができませんでした。それを見た社員さんは、「ここが書けないということが、今まで就活がうまくいかなかった原因だと思う」と言いました。その言葉を受け、今までの僕の就活に対する考え方と態度をふりかえってみました。
 先ほども言った通り、ゼミがはじまる前に就活をしていた僕は、就活に対して非常に斜に構えた態度をしていました。「セミナーに行く奴って馬鹿らしい」や「合同説明会に行く奴っておかしい」というように「みんな」が就活に対して行っていることを小馬鹿にしていました。そして、そのようなセミナーや説明会に行かずとも、自分ならどこかの会社から内定がもらえるだろと考えていました。今ふりかえると、顔から火が出るくらいに恥ずかしいことだと思います。結局、人を見下す態度や「できる自分」のような態度を持ったまま就活に挑んでしまったため、どこの企業も採用しようと思わなかったのだろうと思います。そして卒論が終わってもまだ自分が社会人になって、自力で生きていかなければいけないという自覚が薄かったのだなと感じました。自分がしてきたことをふりかえった僕は、この再スタートを切った就活が、自分がゼミで学んだことを活かす最初の場所だと思い、就職斡旋サービスを利用しながらの形でしたが、初めて真剣に就活に挑みはじめました。
 就活を再スタートして真っ先に変わったと感じたことは、履歴書に書く内容に表れていました。今までの僕が書いていた履歴書は、なにを伝えたいのかよくわからないようなものばかりでした。書くことができるスペースが限られているのに、ダラダラと抽象的なことを書き、結局なにが言いたいのかわからない、どうしてその会社で仕事がしたいのかもわからない内容でした。しかし、ゼミで何度もブログを書き、添削をし、多くの発表をしていた経験がここで活きてきたのです。僕はゼミの中でも文章の書き方や日本語の運用能力が低い人間でした。それは今でも完全に直っていませんが、この経験がなければ、いつまで経ってもまともな履歴書は書くことができなかったのだろうと思います。 
 また、今まで面接に進んでもなにを話していいのかわからず、怖気ついていたのもすっかりなくなり、臆することなく堂々と話すことができるようになったことはゼミのみんなに、良い意味でたくさん叱咤激励されたおかげだと思います。
 このようにゼミで学んだ経験が随所で発揮され、僕の就活は以前とはまったく違うものになっていました。しかし、そうはいっても現実は甘くなく、いくつかの企業から「お祈り」をもらっていました。どの企業も面接を通して僕の人柄をうまく伝え、印象も決して悪くはないつもりでしたが、それでも落ちてしまうということは、なにかしらの原因があるのだろうと考えました。その原因について、ある企業の面接で気づかされることになりました。
 その企業は、僕が入社試験を受けている会社の中で、最も選考が進んでおり、二次選考まで進んでいました。僕は、二次選考で採用担当の方のさまざまな質問に対して必死に答えました。一通り話し終えると、採用担当の方は質問を通して僕に対して感じた評価をくれました。それは、ひとつは僕の前向きな姿勢や人柄の良さというプラスの評価をいただきました。もうひとつは僕が話すことは内容がまとまっておらず、せっかくの熱意が半減してしまうというマイナスの評価でした。僕は、このマイナスの評価を言われたとき、口頭試問で長谷川先生から質問された自分を思い出しました。口頭試問で先生は、僕の卒論の考察で書いたことに対して、どういうことなのか質問をいただきました。僕はその質問に対してトンチンカンなことばかり答えていました。それ以外の質問にもうまく答えることができませんでした。
 つまり、僕の話はいつも言葉を選ばず、テキトーなことばかりを紡いで発言しているということです。その結果、言葉遣いも中途半端で、相手にきちんと物事が伝わらない、ただのおしゃべりな人間ということだったのです。前回のブログで物事を自分の定規で決め付けてしまうことを直していきたいというお話をしましたが、今回、また自分の課題が見つかりました。この課題をクリアしていかない限り、僕が目指す人から尊敬される社会人にはなることができないと思います。まともに会話できない人間が仕事をもらえるとは思えません。
 運良く、僕のマイナス点を指摘してくれた企業からは、もう一度お話しをしてみたいという声がかかりました。僕は、ここがチャンスだと思っています。今一度自分の直すべき部分をしっかりと見つめ直し、悔いのないようここに賭けてみようと思います。
 
 今回のブログは以上です。次回の更新日は、3月3日のひな祭り、担当は<かなこ>です。お楽しみに!
 
<バイク王>
 
 
 

 
posted by 長谷川ゼミ | 23:09 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
見方を変える
 こんにちは、今回のブログは<田代>が担当します。
 ここ数日気温が高く、過ごしやすい日が続いていますね。暖かくなるのは嬉しいのですが、花粉の季節が近付いていることに少し不安を感じています。

 さて、今回は私が最近考えていることについて書きたいと思います。
 以前のブログでも書きましたが、「◯◯化する◯◯」というプロジェクトについて話している時に<貝嶋>がTwitterのアカウントを複数持ち、使い分けることについて「なんでTwitterって人に見られることを前提としてるのかな」といったようなことを呟いていました。それを聞いて、私は普段自分が使っているTwitterの使い方について、今までは当たり前だと思って使っていたのですが、はじめて疑問を持ちました。
 こういったTwitterの使い方をしている人は私だけではなく数多くの人が存在すると思いますが、私は複数のTwitterのアカウントを持っています。どのように複数のTwitterを使い分けているかというと、アルバイト先の人や学校の友達など、主に日常生活での知り合いを中心にフォローしている「リアル用(リアアカと呼んでいます)」、アニメや若手俳優など趣味用のアカウント、趣味のグッズなどの売買に使用している譲渡用と呼んでいるアカウントなど、といった使い分けをしています。私はリアル用のアカウントのプロフィールには学校名やアルバイト先を明記していて、趣味の場で知り合った友人には本名やそういった情報は明かしていないため、こういった分け方をしています。また、学校やアルバイト先の知り合いに趣味のことを隠しているわけではないのですが、同じ趣味を持った人ばかりというわけではないので、そういった友人のタイムラインに私の趣味の話ばかりが流れることに気が引けるというのもアカウントを分けている理由のひとつです。
 このように私は複数のTwitterアカウントを使い分けていますが、この中でも、趣味用のアカウントは用途別に分けていて、趣味用のアカウントだけでも片手では足りない数を持っています。例えば、若手俳優用、アニメ用などの趣味の用途別に分けています。そして、若手俳優用のアカウントは、誰でも見ることのできる公開アカウント、鍵をつけて自分が許可した人しかツイートを見ることのできない鍵アカウント、鍵アカウントを見れる人の中でも更に信用している人しか許可をしていない裏アカウントと、いくつものアカウントを使い分けています。それぞれで何を書いているかというと、鍵のかかっていない、誰でも見ることのできるアカウントは舞台やイベントやブログの当たり障りのない感想などや知り合ったばかりの趣味繋がりの友人との交流の場として使っています。鍵アカウントでは、ネタバレを含めた舞台などの感想や、その日に行く舞台でどの辺りの席に座りどのような服装をしているのかなど、趣味繋がりの友人の中でも実際に会ったことのある友人に向けた内容を書いています。そして、裏アカウントと呼んでいるアカウントでは、舞台やイベントで自分の好きな若手俳優から指を指してもらったりダンスの振り付けを自分に向けてやってもらったりするファンサービスについて、自分がどのようなファンサービスをもらったのかといったことや、若手俳優のファン同士の関わりの中で嫌なことがあったことなどをその時の感情に任せたまま書いています。これらのアカウントを人に教える時は、まず自分が相手をどの程度まで信用できるのかを勝手に考え、相手との仲の良さなどに合ったアカウントのみを教えています。
 こういったTwitterのアカウントの使い分けは私だけではなく、周りの友人などもやっていることなのですが、<貝嶋>の言葉を聞いてから、私はなぜ、わざわざアカウントを複数持ち、相手を選んでまでもTwitterをやっているのだろうと考えています。愚痴や自慢話をとにかく書きたいだけならTwitterではなくてもノートなどに書けばいいことだと思います。しかし、私はなにかあるとすぐに用途にあったアカウントを開き、ツイートをしてしまいます。愚痴や自慢話を書いたところで誰かから返信が欲しいというわけではありません。しかし、自分のツイートに1日誰からも反応がないと少し寂しく感じてしまいます。返信があったり、自分のツイートがお気に入り登録されたりすると安心している自分もいます。なぜこんなにもツイートをするのかは自分でもわかりませんが、誰かに見てもらいたいのだと思います。この誰かに見てもらいたい、という「誰か」はアカウントごとの公開範囲で対象が変わっています。誰でも見ることのできるアカウントならば、同じ若手俳優を好きなファンに対して「私はこんなに好きなんだよ」といった牽制の気持ちが少なからずあります。鍵アカウントでは、仲の良い友人や一緒に舞台を観に行った友人に感想などを共感してもらいたいという気持ちがあります。裏アカウントでは、若手俳優や同じ若手俳優を好きなファンに対しての決してプラスの感情とは言えない感情を、私が信頼を寄せている友人肯定されたいのだと思います。このように、私は勝手に私のツイートを見ることのできる人を何段階かにわけています。
 これは、Twitterの中だけではなく、私の生活の上でも無意識の中でやってきてしまっていることなのではないかと考えました。私は、人間関係の中で勝手に見方を変えて、それぞれにあった振る舞いをしてしまいます。例えば、アルバイト先の人はアルバイト先の人として、学校の友人は学校の友人としてしか見ることができません。また、自分が見方を変えてしまっていることによって、アルバイトや学校それぞれの場以外での関わりを最低限にしたいと思ってしまいます。例えば、学校の友人に対しては、学校の中では仲の良い友人として接して楽しい時間を過ごすことができます。しかし、「学校」という場を出ると、それまで仲良く振る舞っていた友人とはあまり関わりたくなくなってしまうのです。学校の中で友人と話すのは楽しいのですが、登下校の道のりはできることならひとりで歩きたく、連絡も最低限がいいと思ってしまいます。それぞれ、学校やアルバイトの場では仲良くしていて気兼ねなく話しますが、一歩学校やアルバイト先から出るとどう接していいのかわからなくなってしまいます。それぞれと違う場になると余計に気を使ってしまい、疲れてしまうので勝手に見方を変えているのではないかと考えました。
 前回の私のブログで書いたゼミ生への苦手意識も、私がゼミ生に「ゼミ生」という見方でしか見れていないからではないかと考えました。今まで「ゼミ生」という見方でみんなを見てきてしまったことで、ゼミとして集まっている時以外はゼミ生と関わることを拒絶していたのだと思います。このことに気付けたのは最近なのですが、気付いてからはゼミ生への見方を変えられるように意識して過ごしています。意識して、といっても特別なことをしているわけではなく、ゼミの集まりがある時もない時も、ゼミ生と関わる時に必要以上の緊張感を持たないようにだらけない程度に肩の力を抜いて接しています。これが良い方向に向かっているのかはまだわかりませんが、少なくともゼミ生と連絡を取ったり集まったりすることを以前よりも前向きに捉えることができるようになってきました。以前までは毎週水曜日のゼミの集まりが憂鬱で仕方ありませんでした。火曜日の夜になると気持ちが沈み、ゼミの集まりの時間が近付くにつれゼミ生からの連絡も見たくなくなる時もありました。しかし、最近は早くゼミ生と会って直接プロジェクトの話を進めたり、お互いの近況を話したりしたいと思えるようになりました。また、このことを意識して過ごすようになってから、今まで自分がゼミに対していかに「やらなければいけない」といった意識で過ごしてきたかがわかりました。これは、今までのゼミの活動で「こうすればよくなるだろう」といったことを自分できちんと考えられておらず、活動の中身ではなく「活動をやる」といったことばかり考えていて、本当に考えなければならないことを考えられていなかったのだと思います。最近では、「これをやるにはどうすればよくなるのか」を考えられるようになった気がしています。
 1年間ゼミをやってきて、この時期になってまでこのことに気付けなかったことは自分が情けなく、反省するべき点だと思っています。しかし、時期は遅かったですが、ゼミ生として過ごせる間にこのことに気付くことができてよかったと思います。残り1ヶ月程しかゼミ生でいられる時間はありませんが、ここで気付くことができたことを忘れないように、意識して後悔をしないように過ごしていきたいと思っています。

 今回のブログはこれでおしまいです。次回の更新は3月1日(日)で、<バイク王>が担当します。お楽しみに。

 <田代>
posted by 長谷川ゼミ | 00:00 | 長谷川ゼミ(2014) | - | - |
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