明治学院大学 文学部芸術学科 芸術メディア系列のゼミです。
週に3回のペースで活動内容などを報告していきます!
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先入観

 

 こんにちは、〈うさぎ〉です。わたしたち8期生は、先日明治学院大学を卒業しました。最近は桜の花もちらほらと目にしますが、なんだか今でも大学を卒業した実感が湧きません。

 

  そして、4月からは社会人としての生活が待っています。わたしは、週末限定の携帯電話販売のアルバイトを3年半続けてきましたが、それに携われるのも残り僅かとなりました。このアルバイトでは、特定の店舗に勤めることはなく、時に遠方での仕事を振られることもあります。そのため、さまざまな土地に住む人と接することができるのです。以前は、首都圏など近場で勤務することが多かったのですが、社会人になれば色々な人との出会いが待っているだろうと考え、遠方での仕事を中心に受けることにしました。

 

  2月末には大阪で勤務をしてきました。これまでも大阪での仕事を依頼されることはありましたが、それまでわたしは毎回断ってきました。なぜなら、大阪に住む人に対して先入観を抱いていたからです。たとえば、「大阪のおばちゃんといえばくるくるパーマ」だとか、「強引に値切ってきそう」だとか、「関西弁はキツイ感じがして接客しにくそう」など、わたしが持っていたイメージのことです。そしてわたしは、これらの先入観によって、東京と勝手が違う大阪での接客は非常に難しいものだろうという意識が生じたのです。

 

  しかしながら、実際に働いてみたところ、わたしが考えていたようなことはありませんでした。むしろ東京で働くときよりも心優しい人が多いと感じました。最初にそう感じたのは、勤務地の最寄り駅に降りたときです。スーツケースを片手に店舗までの道を探していると、半袖の服を着たくるくるパーマのおばちゃんが「どこ行きたいん。」と話しかけてくれ、道案内までしてくれました。他にも、宝塚ファンだというくるくるパーマのおばちゃんが初対面であるわたしの手を握って唐突に宝塚歌劇団の魅力を語ってきたという体験もありました。インパクトは強いと感じたものの、多くの人に共通して、普段は感じることの少ない人の温かさを感じました。

 

  これは、コミュニティの外部にいる人間の先入観から偏ったイメージが形作られるという点において、ヴィジュアル系をテーマに執筆した卒論で明らかにしたことと共通しているものがあると考えました。ヴィジュアル系のアーティストやファンのイメージが、それ以外の人から作られた「不良」というイメージであったように、大阪に住んでいないわたしから「大阪」のイメージが作られていたのです。

 

  「くるくるパーマのおばちゃん」という点に限ってはイメージ通りでしたが、関西弁がキツイと感じることもなく、むしろ方言の温かみを感じたのです。わたしは、世間や周囲の情報から抱いていた勝手なイメージで、自分から壁を作っていたのです。

 

  このように、無意識のうちに勝手な先入観が作られていると考えると、すごく怖いなと思いました。先入観は経験できる機会や本質に気付くチャンスを奪うからです。

 

これからはあまり先入観というものにとらわれないように、まずは目の前の人と自然に関わってみることを意識したいです。そして、社会人になることで増える、人との出会いのひとつひとつを大切にできればいいなあと思っています。

 

  この辺りでわたしのブログを締めくくります。8期生の更新は今回で最後となります。記事の作成を通じてたくさんの気づきと出会えた貴重な体験でした。わたしが最後に担当できたことを嬉しく思います。1年間ありがとうございました。

posted by 長谷川ゼミ | 16:02 | 長谷川ゼミ(2016) | - | - |
「Coming soon…」
こんにちは。<人事部>です。
皆さん、お久しぶりです。
春休みはいかがお過ごしでしたか。最近、SNSを見ていると、旅行の写真や飲み会の写真などが沢山挙げられているのが見受けられます。ゼミ生や友人達も卒業旅行に出掛けたり、バイトや会社の研修に追われたりと、忙しくも充実した日々を送っているようです。私はどうだったかというと、この約一か月、引っ越し作業や入社準備、卒業旅行の資金調達と、怒涛のような日々を送っていました。ですが、忙しい時に限って、パソコンが壊れたり、インターネットが使えなくなったり、テレビの地上波が映らなくなったり(今もなぜか映らない)と、ハプニングも付きものです。そんなこともあり、バタバタしているうちにいつの間にか2月は終わりを迎え、3月も半ばを過ぎ、いよいよ春到来です。花粉症の症状が悪化してきたことからも、春の訪れをこの身にひしひしと感じています。そして、春が近づいているということは、「大学生」という肩書との別れも近づいているということを嫌でも考えさせられます。指折り数えてきた残りの大学生活も、残り僅かとなりました。
今回は、最後のブログらしく、私の近況や卒業に向けて考えていることを、徒然なるままに書き綴っていきたいと思います。

 前回もお話ししたように、私はこの春から仙台に引っ越し、そこで新社会人として新しいスタートを迎えます。東京で住んでいたマンションの契約上、周りの人よりも少し早い2月中に引っ越しをしなければならず、新居を決めてから短期間で引っ越しを行いました。ちょうどこのブログ原案を書いているいま、引っ越しを終えたところです。まだ荷解きの終わっていない段ボールが高々と積み上げられ、混沌とした部屋の床にひとり座って、このブログを書いています。愛知県から上京して来る時は、引っ越しがこんなにも大変だとは感じなかったのですが、梱包作業や掃除などの終わりの見えない作業に今回はつくづくうんざりさせられました。引っ越しを終えて一番強く感じたのは、「要らない物が多すぎること」でした。私の「ミーハー」な性格は身の回りの物にもよく表れていたようで、流行り物の多さには驚きました。荷物整理のために部屋中の物を引っ張り出して一つ一つ見ていくと、「いつ買った?」「なんのために?」「使ってないじゃん」と言いたくなるような物がどんどん出てきました。一時期話題になった「ミニマリスト」というライフスタイルがありましたが、私の部屋は“ミニ”とは程遠い非常に“マス”な状態であることを実感しました。この状態を引き起こしたのは、「物を買う」→「物が増えて管理できなくなる」→「(持っている物でも)また買う」という連鎖に陥っているからであり、それに加えて、「物を買う」ことで満足感を得るという消費構造の中に自分がどっぷり浸かっていることもよく分かりました。「物が増えて管理できないこと」は、非常に無駄が多いことなのです。
また、沢山の物に囲まれて生活している自分を見返して、こんな言葉を思い出しました。 「自分の価値は、身に纏う物など自分の外にある物で決まるわけではなく、自分自身の中身で決まる」という言葉です。これは長谷川先生と母親からの言葉でした。物に囲まれることで安心感や優越感を得ていた私は、自分の価値を表層的な部分で装うとしていたのかもしれません。引っ越しを機に整理もできましたし、これからは無駄な物を増やさない生活を目指し、物で飾るばかりではなく自分の中身を磨きたいと思います。

 仙台に拠点を移して少し日が経ち、やっといつもの生活を取り戻しつつあります。このブログが投稿される頃には、新しい土地での生活も落ち着いていることでしょう。ただ、今までの生活と大きく違うのは、「誰も知り合いがいない土地に来た」という事です。本当に誰一人、友達も親類もいません。唯一名前を知っているのは、ウチに来てくれるクロネコヤマト宅急便の優しいおじさんと、春から働く職場の上司のおじさん達数人だけです。東京に出てきた時も孤独感はありましたが、それでも、その時は同じように上京してきた中・高の友人達がいました。仙台で暮らし始めてから会話をしたのは、先ほど紹介したおじさん達に加え、店員さんやナンパのお兄さんくらいです。後は毎日、愛猫のソーニャに話しかけてばかりいます。職場の上司のはからいで「3月いっぱいまでは好きなことをしておいで」と言っていただけたので、友達ともっと時間を共有したり、もっと飲みにも行きたいです。でも、仙台ではまだそういう付き合いのできる友人がいないので、それだけはやはり寂しいです。
でもある意味、一人の時間を思う存分有効活用できるのも今しかないな、と思うようになりました。母は私によく「孤独を恐れるな」と言います。母から言われた中で忘れられない言葉があり、皆さんにも一度考えてみてほしいと思ったので、その言葉をここに載せようと思います。

「孤独を楽しみなさい。孤独は悪くない。結局最後は『自分一人』、人間て。 そこが基本で、その上に『人生はチームプレイ』があるわけ。孤独な時間こそ、人間を育てると思うよ。ぼーっとしている時間こそがあなたを育てる。
あなたを妊娠した直後に読んだ本が『子どもが一人でいる時間』だった。子どもが一人でぼんやりしている時間を奪ってはいけない、とあった。『夢中になる』とは、究極の孤独を楽しんでいるってこと。夢中になれ、孤独を楽しめ、その上で『仲間と楽しめ』。」

新しい生活を始めた時、何か新しいことを始めた時、誰しも最初は孤独だと思います。でも私は孤独を恐れて、常に誰かと一緒にいることを求めてしまいます。母に先ほどの言葉を言われた時、本当の意味で孤独を恐れずに夢中になれるような人になりたいと強く思いました。新しい土地に来て孤独だからこそ、多くの発見や驚きも沢山あるはずです。孤独だから何かを求めるのではなく、孤独だからこそできることもあるのです。せっかく東北に来たので、行動的になって、卒論のフィールドワークでは回り切れなかったお化け屋敷にも行ってみようと思います。4月からは忙しい毎日になると思うので、大学生としての残りの一日一日を大切にして、今やりたい事、やるべき事、今しかできない事の見通しを立てて生活していきたいです。

私が生まれて22年と数カ月。そのうち、小中高大と16年間は「学生」として生きてきました。考えてみれば、今までの人生の半分以上は「学生」です。人生を歩んでいく中で必要な事から、何の役に立つのかわからない事まで、様々な事を学び、練習し、実践してきました。「学生」という社会的立場の中に置かれていることは、特に意識せずとも当たり前のものに感じられ、どこか安心感のあるものだったようにも思います。「学生」でいる間はやるべき事も提示され、そのやり方や間違いや正解も誰かが教えてくれる事が多くありました。しかし、これからの人生は今までとは全く違うものだと思います。これからは、今まで自分が体験したことのない領域に進んでいくのです。不安も日に日に増していくかもしれませんが、それと比例して期待感も高まってきました。新しい環境でのスタートは寂しさも大きいですが、これからの出会いや経験を楽しみに毎日少しずつ成長していけたらいいな、とそんな事を仙台の寒空の下で考えていました。

 さて、これで〈人事部〉最後のブログを終わりたいと思います。
ブログだからこそ書けること、知れることが沢山ありました。〈人事部〉のブログを読んで頂いた皆さん、いつも修正をしてくれたゼミ生、ご指導して頂いた長谷川先生、今までありがとうございました。

第8期最後のブログ担当は、〈うさぎ〉さんです。お楽しみに!
posted by 長谷川ゼミ | 00:39 | 長谷川ゼミ(2016) | - | - |
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