明治学院大学 文学部芸術学科 芸術メディア系列のゼミです。
週に3回のペースで活動内容などを報告していきます!
等身大の中身

 

 こんにちは。<いちご大福>です。

 

 突然ですが、みなさんは、周りからどんな印象を持たれることが多いでしょうか。

わたしは、明るい・元気という言葉をもらうことが多くあります。こう言われるようになったのは小学校高学年くらいからで、そう言われる度にわたしは「嬉しい」と感じてきました。そしてその嬉しさから、明るくて元気なことは、いつしかわたしの理想となり、わたしのなかで自分の行動を規定する一種の規範のようになっていきました。「明るく元気なわたし」を、年を重ねるにつれてどんどんと体得していったのです。

 

 「明るく元気なわたし」でいることは、ある意味わたしに生きやすさを与えてくれました。

初対面の人ともすぐに話せるわたし、広い範囲で多くの友人を作れるわたし、愛想のいいわたし、自分で自分のことをそう捉えた状態で周りと接することで、どのコミュニティでもいつの間にか馴染めていることが多かったように感じます。

 

 しかし、こうした自分でいることは、いつどこでも生きやすかったというわけではなく、他の局面では辛い思いをすることもありました。いちばん辛いと感じたのは失恋したときです。高校卒業時に恋人と別れた際、わたしはひどく落ち込み、いつもの明るさや元気さを取り戻すのに、半年くらい時間がかかりました。ちょうど大学に入学したばかりの頃で、いつもなら新しい環境でも「明るく元気なわたし」を最大限に発揮して交友関係を広げていくはずなのに、体力も気力も追いつかず、毎日げっそりと疲れて帰ってくるような日々が続きました。理想とする「明るさ」や「元気さ」からどんどん自分が離れていくようで、とても辛かったことを覚えています。当時は、「なぜいままであんなに元気でいられたのだろう」、「こんなわたしになったことはいままでなかったのに」と落ち込んでいる自分は自分ではないような感覚すら覚えました。

 

 この経験から、わたしは自分を「明るく元気なわたし」に縛りつけていたのかもしれないと思うようなりました。理想の自分でいようとすると同時に、その理想を一種の行動規範として、無意識のうちに自分で自分をきつく縛りつけていたのです。

 

 またこれは、ゼミの活動へのわたしの態度に関しても同じことが言えます。わたしは、ゼミ生「みんな」で活動に取り組んで、それらを「仲良く」こなしていくことがなによりも良いことだと思ってきました。そのため、ことあるごとに「みんなで頑張ろう」「長谷川ゼミは仲がいいから」という言葉を口にしてきました。いまとなっては、その言葉を発することで、ゼミ生を「みんなで仲の良い長谷川ゼミ」という規範に縛り付けていたのだと思います。以前<スウィート・チリ>さんが『雨が降らないと地は固まらない」(http://hajime-semi.jugem.jp/?eid=754)というブログでお話してくれたように、私たちは問題を“波風を立てず”に済ませようとし、“本音で話す”ことを避け続けてきましたが、その原因にはわたしのそうした態度も大きく関わっていると思いました。

 

 また、わたしは恋愛においても、このような理想と規範を持ち込んでいました。付き合っている頃には相手に、そして、別れた後には自分に対して、「こうでなくてはならない」という理想を押しつけ、それを規範としてきました。たとえば、相手が弱音を吐いてきたら、「お互いに気負わない関係がいい、いつでも楽しい関係でいたいから弱音は吐かないでほしい」と言ったり、別れた後には「好きになりすぎるのはよくない、面倒くさいと思われないようにいつでも明るくしていなくてはいけない」と自分に言い聞かせたりしていました。

 

 このような態度に共通して言えることは、いま目の前にあるいちばん見るべき「本質」にきちんと目を向けていなかったということです。理想を追い求め、規範に自分を縛り付けるあまり、自分やゼミ、恋人との関係の「実際の状況」、すなわち「等身大の中身」をまったく見れていなかったのです。

ゼミの活動を通して、やっとこのことに気が付くことができました。

 

 卒論の勉強を通して、社会に規範があることや(ジェンダーの勉強した経験から)、自分がその規範の中で生きていることを知り、また、ゼミ生同士で本音で話した経験を通して、本質に向き合うということを学びました。

 

 それがわかったいま、わたしは“こうあるべきだ”という自分で設けた規範にキツく縛られすぎることはやめ、生身の自分が感じた本音を大切に、その場の本質的な問題と向き合い「嫌なものは嫌」「違うものは違う」「やりたいことはやりたい」と自分の言葉に責任を持って発言することに全力を注いでいます。

そして、様々な経験をしていまわたしが考えることは、「いま、実際に、どうであるのか」という「等身大の状況」を知ることは、問題解決に結びつく、一番の近道だということです。自分の抱く理想や規範を取払い、目の前にある「本質」に向き合わなければ前に進むことはできません。

これは卒論執筆にも同じことが言えます。自分の状況や位置を、冷静にかつ的確に把握し、目の前にある問題は何か、それを解決するためには何が必要なのか、をひとつずつ考え解決していかなければ前に進むことはできません。

 

 卒論提出日まで、日数は少なくなっています。目の前にある課題を着実に突破していこうと思う毎日です。

 

 それでは、<いちご大福>でした。次回の担当は<人事部>です。

寒くなりますので、みなさん体調管理には気をつけてくださいね。

posted by 長谷川ゼミ | 13:00 | 長谷川ゼミ(2016) | - | - |
臭いものに蓋をする

 東京で雪が降ると必ずテレビ中継されちゃう場所に住んでいる〈パラサウロロフス〉です。こんにちは。

 

 突然ですが、みなさんは自分のことが好きですか?

はっきり言って、私は自分のことが好きです。しかし、昔からそう思っていたわけではなく、様々な経験を通してこの考えに至りました。自分の過去を話すことにためらいはありますが、今日はその経験と自分を好きでいるゆえの失敗したことについてお話をしたいと思います。

 

 私は中学生まで自分のことが大嫌いでした。いつも人と比べては、「あの子のように可愛かったらよかったのに」と悲観していたのです。奥二重で目が小さい私は小学生の頃から、周りの男子たちにからかわれ、本気で整形を考えていたくらいです。いじめられたこともあったし、学校も何もかも嫌になったこともあります。いつしか自分は自分のことがどんどん嫌いになり、「どうせ私なんか」と決めつけて、行動を起こす前に諦める消極的な自分になってしまいました。

 

 こんな卑屈な私を変えたいと常日頃から思ってはいたのですが、中学という狭いコミュニティではなかなか変えられないのが現状でした。

変わりたいと願っていた私に大きな転機が訪れたのは、高校受験でした。私の志望校は当時の学力では到底届かず、周りには「諦めろ」と散々言われました。しかし、塾の先生だけは、「あなたなら大丈夫」と声をかけてくれました。行動する前にダメだと決めつけていた私にとって、大人が自分を認めて行動することの後押ししてくれたのがとても嬉しかったのです。私は先生の言葉を原動力に必死に勉強し、志望校に合格しました。この「成功体験」がきっかけとなって、行動する前に諦めることは減りました。

 

 私の通った高校は地元から離れていて、私を知っている人はほとんどいませんでした。これは自分を変えるチャンスだと思い、自分のことを好きになろうとしました。自分を好きになれない卑屈な人間が、他人から好かれるわけがないと思っていたのです。そして受験による成功体験から自信のついた私は自分のことを好きになりました。その結果、高校は友達もたくさんいて、彼氏もできて、順風満帆な生活を送るようになりました。

 

 しかし、私は自分に自信が持てるようになってからいつしか自分の欠点と向き合わなくなってしまったのです。

自分の欠点と向き合うことによって、自分のことを嫌いになってしまい、また昔のように戻ってしまうのを何よりも恐れていました。それ以来困難にぶつかっても、できない自分をまた嫌いになる、嫌いになったら今の生活はなくなるという恐怖から、私はどんどん嫌なことから逃げるようになりました。立ち向かっているつもりでも、根本的な自分の非を認めることができませんでした。

 

 わたしのは自分の欠点と向き合わないことは間違っていて、自分の成長を自分で止めてしまっていることを、ゼミに入って気づかされました。きっかけは、発表の際に「他の人が発表した内容を批判はしても、その人の人格を否定しているわけではないから、人の意見は素直に聞くように。」と先生の言葉でした。今まで私は自分のことを否定されている気がして、肯定的な意見ばかり聞いていたのです。これもきっと自分を嫌いにならないために、欠点から逃げていたのだと思います。

 

 今でもしょっちゅう先生から様々な指摘を受けますが、私にとっては夏合宿の経験が自分を大きく変えたと思っています。親を含めた大人に自分の欠点を指摘されて、これほどまでに納得できたのは初めてでした。その時私は自分のトラウマや今までのこといろいろ思い出しては恐怖を感じました。またあの時に逆戻りしてしまうと思い込んでいたのです。いざ指摘されてみて、間違いを認めざるを得ない状況になってみたら、恐怖は無くなりました。私の抱えていた恐怖とは卑屈な自分に戻ってしまうことであって、欠点を認めても昔に戻ることはないと分かった時、恐怖は涙となって流れていきました。

 

 こんな風に中高生の頃を思い出して、昔を省みて今の自分と絡めて考えるようになったのは、卒論でハイティーン雑誌を読んでいるからだと思います。雑誌の中では中高生が自分たちのやりたいことだけをやって、自分の主張ばかりを押し通すような「子ども」がそこにはいたのです。それは成長過程で起こり得ることだと思うので、批判的な目線はありませんが、「バカだったな」と自分の中高時代を懐かしく振り返ってしまいます。高校の時も欠点から逃げてうまくいかなかったこともあるはずなのに大して覚えていないのは、楽しいことで蓋をして見えなくしてしまっているのだと思います。長い時間見えないようにしていた欠点は、今になって見たくないほどでてきます。しかも最近、すこし逃げようとした部分があります。しかしここで逃げたらそれこそ、戻りたくない昔に戻ってしまうと思い、どうにか踏ん張ろうとしています。

 

私の話はここまでとします。次は〈いちご大福〉さんです。

posted by 長谷川ゼミ | 22:32 | 長谷川ゼミ(2016) | - | - |
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